スプレッドシート運用に「なんでも格納」した末路と、データガバナンス再入門

スプレッドシート運用万能説が崩れる瞬間

現場で業務改善を進めていると、「まずはスプレッドシート運用から始めよう」という判断はとても自然です。Excel運用やGoogleスプレッドシート運用は導入のハードルが低く、IT部門に依頼しなくても現場だけで仕組みを作れるため、DXの入口としては優秀なツールです。顧客管理、案件管理、在庫管理、シフト管理など、気づけばあらゆる業務がスプレッドシート運用に乗り始めます。

しかし、利用者が増え、他部署との連携が始まり、経営指標やKPIの元データにまでスプレッドシート運用が食い込んできた頃から、じわじわと限界が姿を現します。「合計が合わない」「前月と数値がつながらない」「どれが最新版か分からない」といったトラブルが、月次や四半期のたびに顔を出すようになります。表面的には入力ミスや上書きミスに見えても、根本原因はデータガバナンスの不在です。データガバナンス、つまり「データを誰が、どのルールで、どう管理するか」というデータ統制とデータ管理ルールが決まらないまま、スプレッドシート運用だけが成長してしまっているのです。

DX推進の観点では、ここが分岐点になります。本来なら、ビジネスにとって重要度の高いデータがスプレッドシート運用に乗り始めたタイミングで、データベース移行を含む中長期のアーキテクチャを検討すべきです。ところが現実には、「今のままでも何とか回っている」「次の予算タイミングで考えよう」と判断が先送りされがちです。その間にも、スプレッドシート運用は複製と派生を繰り返し、データガバナンスの外側で複雑化していきます。

この記事では、スプレッドシート運用を頭ごなしに否定するのではなく、「どこまでなら有効で、どこから先は危険なのか」をデータガバナンスとデータベース移行の観点から整理します。DX推進責任者や情報システム部門、現場マネージャーが、経営と現場の間で判断するための材料として、「破綻の兆候」と「卒業のタイミング」を具体的に言語化していきます。

なぜスプレッドシートに「なんでも」集まってしまうのか

スプレッドシート運用が「なんでも格納」の状態になる背景には、組織側の事情と心理があります。新たな業務システムを導入するには、要件定義・ベンダー選定・見積もり・稟議・予算確保といった長いプロセスを辿らなければなりません。一方で、Excel運用やGoogleスプレッドシート運用であれば、担当者がその日のうちにフォーマットを作り、翌日には現場で使い始めることができます。この即応性の差が、スプレッドシート運用に業務が雪だるま式に乗っていく大きな理由です。

もう一つの理由は、「要件が固まっていない段階では、ちゃんとしたシステムにしづらい」という事情です。実際、業務フローが定まっていない段階では、要件定義も難しく、データベース移行やシステム構築には踏み切りにくいのが現実です。そのため、「まずはスプレッドシート運用で試してみて、うまくいったらシステム化する」という選択が取られます。本来であれば、これは悪い戦略ではありません。しかし問題は、その後です。一定の成功体験を得たスプレッドシート運用が、そのまま恒久的な仕組みとして固定化され、データガバナンスの枠組みを持たないまま拡張され続けてしまいます。

スプレッドシートは、仕様とルールが「人の頭の中」に残りがちなツールです。関数の書き方、フィルタの使い方、更新のタイミング、入力禁止の列などが明文化されず、担当者間の口頭共有に頼ることが多くなります。つまり、データガバナンス文書やデータ管理ルールとして残されないまま運用されるのです。担当者が異動・退職すると、スプレッドシート運用の前提が誰にも分からなくなり、「触るのが怖いファイル」が量産されていきます。

さらに、現場に権限が与えられているがゆえに、「列を足すだけだから」「自分用にシートをコピーしただけだから」といった小さなカスタマイズが頻発します。この小さな変化こそが、データガバナンスを静かに侵食します。同じ意味の列が複数生まれたり、似た名前のスプレッドシート運用が乱立したりして、どこが「正」のデータか分からなくなるのです。本来なら、データベース移行を前提にデータモデルを整理し、将来のDB移行やシステム移行を見据えた設計をすべきタイミングでも、「現場で回っているから大丈夫」という判断で先送りされてしまいます。

スプレッドシート運用が危険水域に入る“兆候”

では、どのような状態になったらスプレッドシート運用は危険水域と捉えるべきなのでしょうか。第一の兆候は、「同じ意味の列やシートが増殖しているかどうか」です。たとえば、担当者を表す列が「担当」「担当者」「営業担当」と3種類存在したり、「受注日」「注文日」「登録日」が混在していたりするケースです。ここには、データガバナンスやデータ管理ルールが機能していないことが明確に表れています。似たようなスプレッドシート運用ファイルが部門ごとに複製され、どれが正しいのか誰にも説明できない状態になっていきます。

第二の兆候は、「集計やレポートの前提が頻繁に壊れること」です。ピボットテーブルの範囲が一部の行を拾っていない、月次レポートを作成する際に毎回手動でコピペが必要、条件付き書式やフィルタの設定が担当者依存になっている、といった状態は危険信号です。この段階に至ると、スプレッドシート運用の上で数字を合わせること自体が毎月の大仕事になり、本来DXとして目指していた「データドリブンな意思決定」から遠ざかっていきます。根本的には、データガバナンスを意識しない運用のまま拡張してきた結果と言えるでしょう。

第三の兆候は、「アクセス権限と履歴が管理しきれなくなっていること」です。Googleスプレッドシート運用におけるリンク共有の濫用や、Excel運用でのローカル保存・メール添付の乱発などは、情報漏えいとコンプライアンスの面で重大なリスクです。「誰がいつ何を変更したかを追跡できない」「閲覧権限だけのはずが、いつの間にか編集者が増えている」といった状態は、データガバナンスの観点から放置できません。本来であれば、アカウントとロールに基づいて権限を制御できるデータベース移行や業務システムへのDB移行・システム移行を検討すべきフェーズです。

第四の兆候は、「現場で“運用でカバー”という言葉が頻繁に出てくること」です。「ここは必ずフィルタを外してから作業してください」「この列は絶対に削除しないでください」「このシートはAさん以外触らないでください」といった注意書きが増え始めたら要注意です。これはデータガバナンスを仕組みではなく注意力に頼っているサインであり、いつか必ずヒューマンエラーが表面化します。DX推進責任者としては、これらの兆候を「感覚」ではなく「チェックリスト」として可視化し、データベース移行の必要性をステークホルダーと共有していくことが重要です。

「なんでも格納」の末路:よくある事故パターンと損失

スプレッドシート運用の破綻は、単なる操作ミスや一過性のトラブルで済むとは限りません。よくあるのは、受注や請求の管理をExcel運用で行っている企業で、担当者がフィルタをかけた状態で行を削除してしまい、一部の取引先への請求がまるごと抜け落ちるケースです。気づいたときには締め処理や決算が終わっており、後からデータを遡ることもできず、図らずも取引先との信頼を損ねてしまうことがあります。これは、データガバナンスやデータ管理ルールをスプレッドシート運用だけに委ねた結果とも言えます。

また、Googleスプレッドシート運用における「リンクを知っていれば誰でも閲覧可能」の設定は便利な一方で、社外への意図しない共有につながりがちです。一度URLが外部に出てしまうと、誰がどこまでアクセスできるか分からなくなります。スプレッドシート運用で顧客情報や単価情報などの機密性の高いデータを扱っている場合、これは致命的なリスクです。データガバナンスの観点からは、本来、こうした情報はアクセスログやIP制限、ロールベースの権限管理が行える環境にデータベース移行すべき性質のものです。

さらに見えにくい損失として、「意思決定の質とスピードの低下」があります。各部門がそれぞれのスプレッドシート運用で数値を管理していると、いざ経営会議で数字を突き合わせるときに、「どの数値が正しいのか」の議論に多くの時間が費やされます。本来はデータベース移行やDB移行でSingle Source of Truthを作り、共通のデータガバナンスのもとで分析やレポーティングを行うべきところを、スプレッドシート運用のまま進めてしまった結果です。これでは、せっかくDXに投資しても、データに対する信頼が毀損された状態のままとなってしまいます。

人的なコストも軽視できません。スプレッドシート運用のキーマンが異動・退職すると、その人だけが知っていたマクロや関数のロジックがブラックボックス化し、「下手に触ると壊れそうだから、最低限の使い方しかできない」という心理が組織に広がります。本来であれば、仕様書やデータガバナンス文書を整備し、データベース移行を前提に構造を見直すべき状態ですが、「現場が忙しい」「予算がない」と先送りされがちです。このような事故や損失を、単なる“あるある”で終わらせず、「スプレッドシート運用から卒業すべきサイン」として受け止められるかどうかが、DX推進の分かれ目になります。

どのタイミングでデータベース移行を検討すべきか

スプレッドシート運用から、データベース移行や専用業務システムへのDB移行・システム移行に踏み切る判断は、感覚ではなく基準で行う必要があります。まず第一に確認したいのは、「正本となるデータが一意に定義できているか」です。同じ顧客情報が複数のスプレッドシート運用ファイルに存在し、どれが最新かを担当者が都度判断している状態であれば、既にデータガバナンスの限界を超えています。Single Source of Truthを確立するためには、どこかのタイミングでデータベース移行を行い、マスタデータを一元管理する必要があります。

次に見るべきは、「更新頻度」「利用者数」「業務への影響度」の掛け合わせです。毎日誰かが更新し、多部署が参照し、売上やコンプライアンスに直結する情報を扱っているにもかかわらず、依然としてExcel運用やGoogleスプレッドシート運用に頼っている場合、それはデータガバナンス上の重大リスクです。このレベルに達しているなら、DB移行とシステム移行をセットで検討し、トランザクション管理・権限管理・履歴管理をアプリケーション側に任せる段階に来ていると考えるべきです。

さらに、「履歴・監査・説明責任」の要求レベルも重要な判断軸です。誰がいつ何を変更したのか、過去の状態をどこまで遡れる必要があるのか、といった要件が出てきた時点で、スプレッドシート運用だけで対応するのは困難になります。監査対応や内部統制の観点からも、データガバナンスを強化するためには、変更履歴や操作ログを確実に残せる環境へのデータベース移行が有効です。

ただし、すべてのスプレッドシート運用をデータベース移行すべきという話ではありません。少人数チームのアイデアメモや、短期プロジェクトでの試行的な管理など、スプレッドシート運用のほうが適している場面も多くあります。重要なのは、「どのスプレッドシート運用が、いつデータガバナンス的に危険水域に入るのか」を見極めることです。そのために、DX推進責任者や情報システム部門は、現状のスプレッドシート運用を棚卸しし、データベース移行が必要な対象の優先順位を整理しておくとよいでしょう。

破綻させずにスプレッドシート運用から“卒業”する進め方

スプレッドシート運用からの卒業を考えるとき、いきなり「来月から新システムに全面移行します」というアプローチを取ると、現場はほぼ確実に混乱します。現実的には、スプレッドシート運用とデータベース移行後のシステムを一定期間併用しながら、段階的なDB移行・システム移行を進めるのが安全です。そのスタート地点として重要なのが、「現状把握」と「役割の分解」です。まず、どのスプレッドシート運用がマスタ的役割を持ち、どのスプレッドシート運用がワークフローやレポートのための補助的な役割を持っているのかを整理します。

その上で、入力・承認・集計・閲覧といった機能を切り分けて考えます。たとえば、顧客マスタや商品マスタなど、変更頻度はそれほど高くないがビジネスインパクトの大きい情報は、優先的にデータベース移行の対象とします。一方、日々の進捗メモや一時的なタスク管理は、当面はスプレッドシート運用を残して構いません。このように役割ごとに線引きを行うことで、「すべてを一度にDB移行する」という無理な計画を避けることができます。

実務的には、まず小さな範囲でパイロットを行うことをおすすめします。特定の部署や業務を対象に、スプレッドシート運用からデータベース移行した場合の効果を検証し、DB移行・システム移行における成功パターンと課題を洗い出します。ここでは、導入前後でどの程度、データガバナンスが改善されたかを定量・定性の両面で評価します。たとえば、「月次締めの作業時間が何時間短縮されたか」「数値不整合による手戻りがどれだけ減ったか」「アクセス権限設定や履歴確認がどれだけ容易になったか」といった指標です。

また、忘れてはならないのが「現場との対話」です。スプレッドシート運用には、現場が試行錯誤の中で作ってきた知恵と工夫が詰まっています。データベース移行のプロジェクトでは、その知恵を無視して「きれいなデータモデル」を押し付けると、必ず反発が起こります。むしろ、スプレッドシート運用をデータガバナンスの観点から読み解き、「なぜこの列が必要なのか」「なぜこの順番で入力しているのか」という暗黙知をすくい取ることが重要です。その上で、「この部分はシステムが担います」「この判断は引き続き現場の裁量に任せます」と役割分担を明確にすることで、スムーズなDB移行・システム移行につなげることができます。

まとめ:スプレッドシートは悪者ではないが、万能でもない

スプレッドシート運用は、DXの現場において非常に強力な味方です。Excel運用やGoogleスプレッドシート運用のおかげで、現場はIT部門を待たずに業務改善を進めることができ、ビジネススピードを大きく高めてきました。一方で、データガバナンスやデータ管理ルールを意識しないまま「なんでも格納」していると、いつか必ず破綻の兆候が現れます。同じ意味の列やシートの乱立、集計やレポートの前提崩壊、アクセス権限と履歴管理の破綻、そして「運用でカバー」という言葉の多用は、その代表的なサインです。

DX推進責任者や情報システム部門、現場マネージャーにとって重要なのは、「どのスプレッドシート運用をいつまで続け、どのタイミングでデータベース移行を検討するのか」を、組織として合意することです。そのためには、現状のスプレッドシート運用を棚卸しし、データガバナンスの観点から成熟度を評価し、DB移行・システム移行の優先順位を整理することが欠かせません。すべてを一気に変えるのではなく、段階的にスプレッドシート運用から卒業していくロードマップを描くことが、現実的で持続可能なアプローチです。

最後に強調したいのは、「ツールの選択以上に、設計と合意形成が重要である」という点です。どれだけ優れたデータベースやクラウドサービスを導入しても、データガバナンスやデータ管理ルールが曖昧なままでは、再び同じ問題が形を変えて現れます。逆に、スプレッドシート運用であっても、範囲とルールを明確にしたうえで使えば、DXの強力なパートナーであり続けてくれます。本記事が、自社のスプレッドシート運用を見直し、データベース移行やシステム移行を含む次の一歩を考えるきっかけになれば幸いです。「うちもそろそろ危ないかもしれない」と感じたら、一度立ち止まり、データガバナンスの視点から全体を見直してみてください。

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