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「なんとなく使われている生成AI」をルールで守るという発想
ChatGPTのような生成AIや、社内向けに構築した社内AIは、多くの会社で「気づいたら社員が使っている」状態になりつつあります。便利さの一方で、「顧客情報を入れてしまって大丈夫なのか」「どこまで業務に使って良いのか」「誤情報が外に出たらどうするのか」といった不安も同時に広がっています。それでも明確な生成AI利用規程がないまま放置すると、情報漏えいやトラブルが起きた際に、「そもそも何がNGだったのか」があいまいなまま責任問題だけが残ってしまいます。
本記事では、AIやITに詳しくない中小企業の経営者・管理部門の方向けに、現場が実際に使える生成AI利用規程の作り方と運用のポイントを解説します。目的は「がんじがらめに禁止すること」ではなく、「安心して社内AIや外部の生成AIを活用できる枠組みをつくること」です。A4数枚レベルでまとめられる、現実的で実務的な作り方を紹介します。
なぜ「生成AI利用規程」が今すぐ必要なのか
まず押さえておきたいのは、生成AIが「一部のITツール」ではなく、すでに多くの社員の日常業務に入り込んでいるという現実です。営業メールの草案作成、資料のたたき台、議事録要約、英語メールの翻訳など、社員が個人判断で無料版のサービスやブラウザ拡張機能を使っているケースは少なくありません。問題は、そこに「会社としてのルール」が追いついていないことです。
例えば、顧客名や取引条件などの情報を外部の生成AIに入力した場合、それがどのように保存され、どの範囲で学習や分析に使われるのかは、サービスごとに条件が異なります。万が一情報漏えいが疑われたとき、「社員個人の判断だった」と片づけるにはリスクが大きすぎます。また、AIが出した誤った内容をそのまま外部に出してしまえば、クレームや信用失墜につながることもあります。
こうしたリスクは、規模の大小に関わらずすべての企業に存在しますが、専任の情報システム部門や法務部門がない中小企業ほど、ルール作りが後回しになりがちです。だからこそ、まずはシンプルでも良いので生成AI利用規程を用意し、「何をして良くて、何をしてはいけないか」「迷ったときはどこに相談するか」を明文化しておくことが重要です。
生成AI利用規程に盛り込むべき基本項目
では、具体的に生成AI利用規程には何を書けば良いのでしょうか。すべてを完璧に網羅する必要はありませんが、最低限、次の5つの項目は押さえておきたいところです。
1つ目は「対象ツールの範囲」です。社内で構築した社内AIや社内用ChatGPTだけが対象なのか、外部の有料版・無料版の生成AIサービスやブラウザ拡張も含めるのかを明確にします。あわせて、「会社として利用を推奨するツール」「業務利用を禁止するツール」などをリスト化しておくと、現場の判断がブレにくくなります。
2つ目は「入力してはいけない情報」です。典型的には、個人情報、顧客情報、機密性の高い営業情報(単価・原価・取引条件など)、未発表の経営情報、パスワード・認証情報などが挙げられます。抽象的な表現だけでなく、自社の業務に即した具体例を挙げておくと、現場での判断がしやすくなります。
3つ目は「生成物の扱い」です。AIが生成した文章や画像は誰の著作物か、社内の文書としてどのように保存・共有するか、外部への再利用はどうするか、といった方針を決めておきます。特に、公開情報や既存コンテンツをもとに生成されたものは、著作権のグレーゾーンになり得るため、「安易にそのまま転載しない」「出典が明確な場合は記載する」といったルールも有効です。
4つ目は「誤回答への向き合い方」です。生成AIは、もっともらしい誤り(いわゆるハルシネーション)を出すことがあります。そのため、「AIの出力は必ず人間が確認する」「専門的な内容(法務・税務・医療など)は、必ず担当部署または専門家の確認を経て使用する」といった原則を明記しておきます。
5つ目は「違反時の対応と相談窓口」です。重大な違反があった際の対応方針(懲戒云々を書くかどうかは会社ごとに判断)とともに、「判断に迷ったらここに相談する」という窓口をはっきりさせます。そうすることで、「怒られそうだから黙っておこう」ではなく、「迷ったときは早めに相談する」文化を作りやすくなります。
現場で使いやすい「中小企業向けフォーマット」の考え方
中小企業が生成AI利用規程を作る際に陥りがちなのが、「大企業の規程をそのまままねてしまう」パターンです。専門用語が並んだ数十ページの文書は、作る側は達成感がありますが、現場にとっては「読む気がしないもの」になりがちです。実際に運用されなければ、どれだけ立派な規程も意味がありません。
現場で使いやすくするためには、「本体規程」と「かんたんガイド」の二段構えにするのがおすすめです。本体規程は、経営者や管理部門が読み込むことを想定し、目的・定義・対象範囲・禁止事項・運用体制などを整理します。一方で、一般社員向けにはA4一枚〜数枚に収まる「かんたん版」を用意し、「OKな使い方」と「NGな使い方」を具体例ベースで示します。
また、社内AIと外部の生成AIでは前提が異なるため、「社内AIを使う場合」「外部サービスを使う場合」で注意点を分けて書くと分かりやすくなります。例えば、「社内AIには一部の社内データが安全に連携されているため、この範囲の業務情報は入力してOK」「外部サービスには顧客名や社外秘情報は原則入力禁止」といった線引きです。既存の情報セキュリティポリシーやコンプライアンス規程がある場合は、それらとの整合性も確認し、「生成AI版の補足」という位置づけにしておくと、社内で受け入れられやすくなります。
規程を現場に浸透させるための教育・周知の工夫
せっかく生成AI利用規程を作っても、「配っただけ」で終わってしまうと、実際の現場ではほとんど読まれません。浸透させるには、教育と周知の工夫が欠かせません。まずは全社向けの説明の場を設け、「なぜ今、このルールが必要なのか」「何を守るための規程なのか」を噛み砕いて伝えます。
このとき、「危ないからやめよう」というメッセージ一色にすると、現場は生成AIから距離を置いてしまいます。「危ない使い方」と「業務が楽になる使い方」をセットで伝えることで、「守るべきラインを押さえたうえで、積極的に活用してほしい」という意図が伝わりやすくなります。
また、社内ポータルや社内AIのトップ画面に、生成AI利用規程や「かんたんガイド」へのリンクを貼っておくと、「迷ったらここを見る」という導線ができます。管理職やリーダー向けには、部下からの質問にどう答えるか、どこまでOKを出して良いかといったポイントを整理した資料を別途用意しておくと、部署ごとの運用のブレを抑えられます。
必要に応じて、簡単なワークショップを開き、「自分たちの業務ではどこが危険ポイントになりそうか」「どんな使い方なら安全に活用できそうか」を話し合ってもらうのも有効です。こうした場を通じて、社内AIの活用アイデアが現場から自然と出てくるようになり、規程が「縛るためのもの」ではなく「賢く使うための土台」として機能し始めます。
規程を形骸化させない見直し・改善サイクル
生成AIや社内AIを取り巻く状況は、技術もルールも非常に変化が早い領域です。一度作った生成AI利用規程をそのまま数年間放置していると、気づかないうちに現実とズレていたり、重要なリスクに対応できていなかったりします。そこで重要になるのが、定期的な見直し・改善サイクルです。
目安としては、年に1回程度は内容をチェックし、必要に応じてアップデートすることをおすすめします。その際には、法改正や、各生成AIサービスの利用規約の変更だけでなく、社内で発生したインシデントやヒヤリハット事例も素材として活用します。「こういうことが実際に起きたので、このルールを追加した」という形で改定の背景を共有すると、現場の納得感も高まります。
見直しのプロセスには、現場の声も取り入れましょう。「このルールは現実的に守りきれない」「ここが分かりにくい」といったフィードバックを集め、可能な範囲で実務に合う形に調整していきます。また、改定履歴を残し、「いつ、どのような理由で変えたのか」を記録しておくと、後から見返したときに判断の背景が分かりやすくなります。
ありがちな失敗パターンと、中小企業が押さえるべきツボ
最後に、生成AI利用規程づくりでありがちな失敗と、中小企業が押さえるべきポイントを整理しておきます。よくある失敗の一つは、「大企業の規程をそのままコピーしようとして、内容が複雑になりすぎる」ケースです。条文だらけの文書は、実務でほとんど読まれません。まずは自社の規模と実態に合ったシンプルなものから始め、必要に応じて少しずつ厚みを増していく方が現実的です。
二つ目の失敗は、「リスクを恐れるあまり、一律で業務利用を禁止してしまう」パターンです。特に外部の無料版サービスについては慎重であるべきですが、「社内AIまで含めて全部禁止」という発想は、現場の工夫や効率化の機会を奪ってしまいます。「この範囲は社内AIで安全に」「この範囲は外部サービスNG」といった実務的な線引きを目指すことが重要です。
三つ目は、「作っただけで教育や周知をしない」ケースです。規程そのものが知られていなければ、守りようがありません。「1回メールで送ったから良し」ではなく、説明会・ワークショップ・社内ポータルなど、複数のチャネルを通じて繰り返し伝える工夫が必要です。
中小企業向け・生成AI利用規程づくりの3つのツボ
① A4数枚レベルの本体規程+かんたんガイドの二段構えにする
② 「禁止」よりも「安全に活用するための枠組み」というメッセージを前面に出す
③ 作って終わりではなく、教育と年1回の見直しサイクルをセットで設計する
この3点を押さえておけば、限られたリソースの中でも、実際に運用される生成AI利用規程を作りやすくなります。
まとめ:ルールは「生成AIを止めるため」ではなく「前に進めるため」に作る
本記事では、生成AI利用規程の基本構成と、中小企業でも無理なく運用できる作り方・浸透のさせ方を解説しました。ポイントは、難しい法律用語を並べることではなく、「自社にとってのリスク」「現場でよくある使い方」「安全に活用するためのライン」を具体的に言葉にすることです。
社内AIや外部の生成AIをこれから本格的に活用していくなら、「ルールがないから止める」ではなく、「ルールを作って安心して前に進める」発想が重要です。最初から完璧な規程を目指す必要はありません。まずはA4数枚のたたき台を作り、現場での運用やインシデントを通じて少しずつアップデートしていけば十分です。
もし、自社だけでの設計が難しいと感じる場合は、情報セキュリティとAI活用の両方に明るいパートナーに相談するのも一つの方法です。業務の棚卸しからルール作り、社内AIの構成、教育プログラムの設計までをセットで検討できれば、「生成AIをどう扱うか」という悩みは、大きく軽くなっていくはずです。
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