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RAGで「前処理」が重要な理由(失敗の8割はここ)
RAG(検索拡張生成)は「検索で見つけた根拠をもとに回答する」仕組みなので、元になる社内文書やFAQが「検索しやすい形」に整っていないと、生成AIの性能以前に回答が崩れます。よくある現象は、もっともらしいのに誤っている回答(ハルシネーション)、回答の根拠が薄い、部署ごとに言い方が違って混乱する、といったものです。
原因は、データの「前処理」が曖昧なまま、いきなりベクトル検索やLLM連携に進んでしまうこと。前処理とは大きく、(1)文書の分割(chunking)、(2)タグ付け、(3)メタデータ設計、(4)更新・運用のルール化です。ここが整うと、RAGの検索精度が上がるだけでなく、監査・説明責任(なぜその回答になったか)も担保しやすくなります。
特に情シスや経営層の方が導入でつまずきやすいのは、「どこまで整えれば十分か」が分からず、過剰に作り込みすぎてコストが膨らむ点です。本記事では、開発知識がなくても判断できるように、最小工数で成果が出やすい基準(どこまでやるか/やらないか)を、業務シーンの例とともに整理します。
なお、RAGの目的は「万能のAIを作る」ことではなく、社内の正しい情報に基づいて、問い合わせ対応・文書検索・ナレッジ共有を速くすることです。前処理はそのための土台であり、完璧を目指すより“事故が起きない最低ライン”を早く作るほうが費用対効果が高くなります。
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最小工数で始めるための全体設計(やること・やらないこと)
最小工数の前処理は、次の方針で進めると破綻しません。ポイントは「最初に決めるべきことを、最小限だけ決める」ことです。
- 対象文書を絞る:全社文書を一気に取り込まない(まずは問い合わせが多い領域から)
- 正解の定義を置く:「一次情報(規程・手順書・製品仕様)」を優先し、雑談・古い議事録は後回し
- 分割・タグ・メタデータを“運用前提”で作る:一度作って終わりにしない
- 評価指標を先に置く:検索ヒット率、回答の根拠提示率、問い合わせ削減数など
やらないことも決めましょう。たとえば初期段階で、全文書の厳密な正規化、用語統一辞書の完備、部署横断の承認フローを完璧にするのは避けるのがおすすめです。“70点で回しながら改善”がRAGの現実解で、前処理も同じです。
この設計が効くのは、RAGの検索は「完璧な分類」より「検索に効く最小限の情報(メタデータ)と、読みやすい分割」が成果に直結するからです。例として、総務の社内規程をRAGで扱う場合、部署名・規程種別・施行日・改定履歴が分かれば十分なことが多く、全文書に対する複雑なタグ体系は不要です。
以降では、分割(chunking)・タグ・メタデータを、最小工数で品質を上げる具体策として説明します。
分割(chunking)設計:検索精度を決める「切り方」の最適解
RAGの前処理で一番効果が出やすいのが分割です。文書を適切な長さに切っておくと、検索で「欲しい段落」だけが当たりやすくなり、生成AIも根拠を引用しやすくなります。逆に、文書が長すぎるとノイズが増え、短すぎると文脈が欠けます。
最小工数でのおすすめは、「見出し単位+上限文字数」のハイブリッドです。たとえば、手順書なら「目的」「手順」「例外」「問い合わせ先」などの見出しごとに区切り、長い見出しはさらに一定の文字数(例:800〜1,200文字程度)で分割します。これなら人手での調整が少なく、構造も保てます。
実務でよくある文書タイプ別の目安は次の通りです。
- 規程・ポリシー:条項(第◯条)単位で分割。定義や例外は同じチャンクに入れる
- 手順書・マニュアル:「1作業=1チャンク」を意識。注意事項と前提条件は手順とセット
- FAQ:Q+Aを1チャンクに。Aが長い場合は「結論→理由→手順」に分ける
- 議事録:原則後回し。入れるなら「決定事項」「ToDo」「背景」だけ抽出して分割
分割で失敗しやすいのが、表や箇条書きの扱いです。表が途中で切れると意味が壊れます。可能なら「表全体を1チャンク」にする、難しければ表をテキスト化して行単位ではなく「項目セット」でまとめます。“意味が壊れない単位”が最優先です。
また、チャンク同士のつながりを保つために、オーバーラップ(前後の文章を少し重ねる)を使う手もあります。ただし最小工数の段階では、まず見出し単位の分割で十分なことが多いです。オーバーラップは検索結果の重複を増やすため、導入後に「文脈が足りない」症状が出てから追加するのが安全です。
技術的には、PDF/Word/HTMLなど入力形式に応じて抽出品質が変わります。PDFは見出しや改行が崩れやすいため、最初は「Webの社内ポータル(HTML)」や「整形されたWord」など、構造が取りやすいソースから始めると前処理コストを下げられます。
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タグ付け:分類ではなく「検索のヒント」を付ける発想
タグ付けというと、部署・業務・製品・顧客などを細かく分類したくなりますが、RAGの前処理でのタグは「人間の分類学」よりも、検索時の絞り込みに効く「ヒント」に寄せたほうが成果が出ます。タグは少なく、意味がぶれないものに限定するのが最小工数のコツです。
おすすめのタグは、次の3系統です。
- 領域タグ(どの業務か):例)経費精算、入退社、セキュリティ、購買
- 文書タイプタグ(何の文書か):例)規程、手順書、FAQ、テンプレ
- 対象者タグ(誰向けか):例)全社員、管理職、情シス、営業
これだけでも、RAGで「経費精算の手順だけ」「管理職向けの規程だけ」といったフィルタができ、検索の精度が安定します。逆に、タグが増えすぎると運用で更新されず、古いタグが残って逆効果になります。とくに「製品名」「プロジェクト名」「部門内の通称」のように変わりやすいものは、最初からタグにしないほうが無難です。
タグの付け方は、全件手作業にすると破綻します。最小工数なら、(1)フォルダ構造やURLから自動付与、(2)ファイル名の規則から推定、(3)本文のキーワードから軽く自動付与、の順で十分です。例えば「/security/policy/」配下の文書は領域=セキュリティ、タイプ=規程、と機械的に決められます。
どうしても迷う場合は、「将来の質問」を想像してください。ユーザーは自然文で「在宅勤務の申請方法」「パスワードの有効期限」などと聞きます。タグは、その質問に対して検索結果を絞るのに役立つかで判断します。タグは“説明のため”ではなく“検索のため”です。
最後に、タグのガバナンスとして「タグ辞書(許可されたタグ一覧)」を作ると運用が安定します。Excelでも十分で、タグ名・説明・例・廃止タグの扱い(置き換え先)を1枚にまとめるだけで、属人化をかなり防げます。
メタデータ設計:最低限これだけあれば運用が回る
メタデータは、RAGの検索・ランキング・フィルタ・監査に効く「台帳」です。最小工数で整えるなら、まず「必須メタデータ」を決め、入力できない項目は無理に作らないのがコツです。メタデータは“増やす”より“欠けない”が重要です。
まず押さえたい必須メタデータの例を挙げます(多くの企業で汎用的に使えます)。
- source:出典(URL、ファイルパス、SharePointリンクなど)
- title:文書タイトル(ファイル名より人が読める形が望ましい)
- doc_type:文書タイプ(規程/手順書/FAQ…)
- owner:管理部署(総務、人事、情シスなど)
- effective_date:施行日・最終改定日(いつの情報か)
- access_level:公開範囲(全社員/一部/機密)
- chunk_id:分割後の識別子(再取り込みや差分更新に必須)
この中でも特に効くのが「effective_date」と「access_level」です。RAGは古い情報も平等に検索してしまうため、改定された規程があると事故になりやすいです。改定日が入っていれば「新しいほうを優先する」ランキングが組めます。またアクセスレベルは、権限のないユーザーに機密情報が混ざる事故を防ぎます。
メタデータを入れる場所は、(1)文書管理システムの属性、(2)ファイルのプロパティ、(3)取り込み時に付与する外部DB(ベクトルDBのメタデータ)、のいずれかになります。現場で最小工数にするなら、すでに運用されている文書管理の属性(SharePointの列など)を優先し、足りない分だけ取り込み時に補完するのが現実的です。
「どう入力するか」も重要です。全部手入力は続きません。例えばownerはフォルダで推定、doc_typeはテンプレやファイル名規則で推定、effective_dateは本文の「改定:YYYY/MM/DD」表記を抽出、など半自動化が可能です。人が入力するのは“判断が必要な項目だけ”に寄せましょう。
最後に、メタデータの品質チェックとして、最低限のバリデーション(空欄禁止、日付形式、許可値)を入れると、後工程のトラブルが激減します。これは高度な開発がなくても、取り込みスクリプトやETLの段階で実装できます。
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最小工数の実装手順:小さく作って、評価して、増やす
ここまでの分割・タグ・メタデータを、実際に導入する際の流れを「最小工数」に寄せてまとめます。重要なのは、最初から全社対応にしないことと、評価できる形で始めることです。
- 対象ユースケースを1つに絞る:例)総務への問い合わせ(経費精算・勤怠・入退社)
- 一次情報だけ集める:規程、手順書、公式FAQ、テンプレの最新版
- 取り込み前に“NG文書”を外す:古い版、下書き、個人メモ、機密の塊
- 分割ルールを決めて自動分割:見出し単位+上限文字数(意味が壊れない)
- タグは3系統に限定:領域・文書タイプ・対象者
- 必須メタデータを付与:source/title/doc_type/owner/effective_date/access_level
- テスト質問を20〜50個作る:実際の問い合わせログから作ると強い
- 評価→改善を2週間で1サイクル:外れた質問を分析して分割やメタデータを直す
評価の観点は、LLMの賢さより「検索が当たっているか」です。具体的には、(1)関連するチャンクが上位に出るか、(2)根拠が提示できるか、(3)改定前の情報を引いていないか、(4)権限外の情報を混ぜていないか、を見ます。RAGは“検索の品質が8割”なので、前処理の改善がそのまま成果に直結します。
ありがちなつまずきとして、「PDFしかない」「文書が散らばっている」「最新版が分からない」があります。この場合は、全てを直すのではなく、まずは対象ユースケースに必要な文書だけ「最新版フォルダ」を作り、そこから取り込むのが最小工数です。情報整理プロジェクトを全社で始めると長期化しやすいので、RAGの導入範囲に合わせて局所的に整えるのが現実的です。
運用面では、更新フローを簡単に決めておくと後で困りません。例えば「規程や手順書が改定されたら、そのフォルダに入れる(古い版はアーカイブに移す)」「週1で自動再取り込み」「改定日が取れない文書は取り込まない」など、最低限のルールで十分回ります。
まとめ
RAGをうまく動かすための前処理(分割・タグ・メタデータ)は、開発知識がなくても「最小工数で効くポイント」を押さえれば成果が出ます。結論としては、完璧な分類や全社の文書整理より、検索に効く土台を小さく作って回すことが重要です。
- 分割は「見出し単位+上限文字数」で、意味が壊れない切り方を優先する
- タグは増やしすぎず、「領域・文書タイプ・対象者」の3系統から始める
- メタデータは「出典・管理部署・改定日・公開範囲」を中心に、欠けない設計にする
- ユースケースを1つに絞り、テスト質問で評価→改善を短いサイクルで回す
「どの文書から始めるべきか」「自社の文書がPDF中心でうまく抽出できない」「権限管理込みでRAGを作りたい」といった状況でも、前処理設計を先に固めることで、導入後の手戻りを大幅に減らせます。自社の状況に合わせた最適な分割・タグ・メタデータ設計を一緒に作るところから進めたい場合は、ぜひご相談ください。
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