KPIツリーの設計法:経営と現場をつなぐ指標の作り方

KPIツリーの設計法:経営と現場をつなぐ指標の作り方

「売上は伸びているのに現場は疲弊している」「会議のたびに、部署ごとに違う数字が出てくる」。年商が数億〜数十億規模になってくると、こうしたモヤモヤを抱える経営者・マネージャーが一気に増えます。その裏側には、目標と指標のつながりが整理されていない、いわば会社のKPI設計というOSが混線している状態があります。

このOSをアップデートするための実務的なツールが「KPIツリー」です。KPIツリーは、経営目標から現場の日々の行動までを一本のロジックでつなぐ「指標の地図」。この記事では、AIやITに詳しくない方でも実務で使えるように、KPIツリーの考え方から設計ステップ、営業・マーケ・CSの具体例、運用のコツまでを丁寧に解説します。

1. なぜ今「KPIツリー」とKPI設計が重要なのか

まずは、なぜここまでKPIツリーが注目されるのかを整理します。多くの会社では、経営は「売上」「利益」「解約率」のような財務指標を見ています。一方、現場は「架電件数」「訪問件数」「対応チケット数」など、目の前の作業量や件数指標を追いがちです。このとき経営と現場の間に、数字の「翻訳者」がいないと、次のようなことが起こります。

  • 売上目標は達成しているのに、現場の残業時間や離職率がじわじわ増えている
  • 会議で「なぜ売上が伸びた/落ちたのか」が語れず、数字の読み合わせだけで終わる
  • 部署ごとに自分たちのKPIを持ち、会社全体の方向性とズレていく

このギャップを埋めるには、「どの数字が動くと、最終的にどの目標に効くのか」を論理的に結び直す必要があります。そこで登場するのがKPIツリーです。KPIツリーは、最上位に経営目標(売上、利益、LTVなど)を置き、そこから枝分かれする形でKPIを分解していきます。こうすることで経営と現場の会話を同じ地図の上で行えるようになり、指標設計そのものがコミュニケーションの起点になります。

また、近年はダッシュボードやBIツール、生成AIによるレポート自動化など、「数字をきれいに見せる」ツールが増えました。しかし、KPI設計が曖昧なままツールだけ導入すると、「グラフはたくさんあるのに、意思決定が変わらない」状態に陥りがちです。逆に、KPIツリーさえしっかり作っておけば、どんなツールを導入しても「どの指標を、誰が、どの頻度で見るべきか」が明確になります。だからこそ、DXやAI活用よりも一段手前のテーマとして、KPIツリーとKPI設計が重要なのです。

2. KPIツリーとは何か:経営と現場をつなぐ「指標の地図」

KPIツリーは一言でいうと、「最終目標から逆算して指標を分解したロジックツリー」です。イメージしやすいよう、シンプルな例で考えてみましょう。

例えば、あるBtoB企業の経営目標が「営業利益 1億円」を達成することだとします。このとき、KPIツリーの最上位(KGI)は「営業利益 1億円」です。そこから、

  • 営業利益 = 売上総利益 − 販管費
  • 売上総利益 = 売上高 × 粗利率
  • 売上高 = 受注件数 × 平均受注単価

といった形で、少しずつ分解していきます。さらに受注件数は「商談数 × 受注率」、商談数は「リード数 × 商談化率」、リード数は「資料請求数 + セミナー参加者数 + 既存顧客の紹介件数」のように分けられるでしょう。ここまで分解したものが、その会社のKPIツリーの骨格です。

このようにKPIツリーを描くと、経営と現場が次のような共通認識を持てます。

  • 今年は「平均単価」より「受注件数」を伸ばす戦略を取るべきか
  • 受注件数を伸ばすなら、「商談数」を増やすのか「受注率」を上げるのか、どちらにテコ入れすべきか
  • 商談数を増やすには、マーケティングのリード獲得か、インサイドセールスの商談化率どちらを優先するか

つまり、KPIツリーとは経営と現場を同じロジックで結ぶ「指標の地図」なのです。単にKPIを羅列するのではなく、「この数字がこう動くと、最終的にここに効く」という因果関係をはっきりさせることで、現場のメンバーも自分の仕事と会社のKGIのつながりを実感しやすくなります。

ここで大事なのは、KPIツリーの中には「ラグ指標」と「リード指標」が混ざっているという点です。売上や利益、解約率のように「結果としてあとから分かる指標」がラグ指標、架電数や提案数、オンボーディング完了率のように「先に動かせる指標」がリード指標です。KPIツリーでは、上位にラグ指標、下位にリード指標を配置し、「先に動かせる指標」と「あとからついてくる結果」を一本の線で結ぶことが、経営と現場の納得感を生むポイントになります。

Tips:KPIツリーは「図で描く」ことが重要

Excelの表だけでKPI設計を考えると、どうしても縦のつながりが見えにくくなります。ホワイトボードやオンラインホワイトボードで、手を動かしながらKPIツリーを描くことで、経営と現場のメンバーが同じイメージを共有しやすくなります。

3. 良いKPI・悪いKPI:現場を動かすためのKPI設計の条件

次に、KPIツリーを作る前提となる「良いKPI設計」の条件を押さえておきましょう。KPIツリーの形だけ整えても、中身のKPIが良くなければ、経営と現場の溝は埋まりません。よくある失敗パターンから見ていきます。

一つ目は、ラグ指標だけをKPIにしてしまうケースです。「売上」「利益」「粗利額」などは経営には重要ですが、現場の担当者からすると「今週、自分は何を変えれば良いのか」が見えません。その結果、「とにかく件数を増やします」「コストを削ります」といった抽象的なアクションしか出てこなくなります。

二つ目は、測りやすいけれど意味の薄いKPIばかり並べてしまうケースです。例えば「名刺交換枚数」「WebサイトのPV」「メール配信件数」などです。これらは簡単に数字が出せるため、KPIツリーにも乗せやすいのですが、それだけを追いかけると「名刺を集めるためだけのイベント開催」「とりあえずPVを稼ぐためのバズ狙い記事」など、本来の目的から外れた行動が増えてしまいます。

三つ目は、KPIが複雑すぎて誰も理解していないケースです。「重みづけスコア」や「複雑な指数」を多用すると、一部のアナリストしかKPI設計の意図を語れなくなります。経営と現場で会話するための道具であるはずのKPIツリーが、「一部の人しか読めない専門家の図」になってしまうのです。

これらを踏まえると、良いKPIには次のような条件があります。

  • 現場メンバーが、自分の行動と結びつけて説明できる
  • データ取得方法がシンプルで、集計が属人化しない
  • 週次・月次など、意思決定に必要な頻度で確認できる
  • KPIツリー上で、「この数字が動くとKGIにこう効く」と語れる

KPI設計を見直すときは、新しい指標を増やす前に「捨てるKPI」を決めることも重要です。会議で誰も見ていない指標、意味が重複している指標は思い切って削り、経営と現場が本当にフォーカスしたいものに絞り込むことで、KPIツリー全体がスッキリし、コミュニケーションも格段に取りやすくなります。

Tips:KPIツリーづくりは「KPIの断捨離」から始める

まず、現在追いかけている指標をすべて出してみましょう。そのうえで「意思決定に使っていない指標」「誰も説明できない指標」に印をつけ、KPIツリーに入れない勇気を持つことが、良いKPI設計への近道です。

4. KPIツリーの具体的な設計ステップ:ゼロから作る5つのプロセス

ここからは、実際にKPIツリーをゼロから設計する手順を解説します。現場で進めやすいように、5つのステップに分けて紹介します。

ステップ1:経営目標とKGIをシンプルな言葉で定義する

最初のステップは、とにかく経営目標を日本語の一文で言い切ることです。「今期中に売上10億円」「営業利益率15%」「解約率2%以下」といった形で、数字と期限をセットにしてKGI(最終ゴール)を決めます。この段階では、財務指標だけでなく「顧客満足度」「従業員エンゲージメント」といった非財務指標も候補に入れます。

ステップ2:数式に落とし込んで、KPIツリーの骨格を作る

次に、そのKGIがどのような要素から成り立っているかをブレインストーミングし、可能な限り数式で表現してみます。例えば営業利益であれば「営業利益=売上総利益−販管費」、売上総利益であれば「売上総利益=売上高×粗利率」、売上高であれば「売上高=受注件数×平均単価」といった具合です。

この作業を経営陣だけでなく、営業・マーケ・CSなど現場メンバーも交えて行うことで、経営と現場が同じKPI設計の土台を共有できます。ここまでできれば、KPIツリーの大枠はほぼ完成です。

ステップ3:現場の行動レベルまで分解し、リード指標を設計する

骨格ができたら、各KPIをさらに現場の行動レベルまで分解します。営業であれば、受注件数を「商談数×受注率」、商談数を「リード数×商談化率」、リード数を「問い合わせ件数+紹介件数+セミナー参加者数」などに分解します。マーケティングなら、「サイト流入数→資料DL数→MQL→SQL→受注」というようにファネルをそのままKPIツリーに落とし込みます。

このときのポイントは、「現場のメンバーが自分でコントロールできる指標かどうか」です。たとえば、「受注単価」は担当者だけではコントロールしにくい場合が多いですが、「提案書のパターン数」「クロスセル提案率」などは行動で変えられます。現場で変えられるリード指標をKPIツリーの末端に置くことで、日々の行動管理と経営目標が自然につながります。

ステップ4:計算式・データソース・集計頻度を明確にする

KPIツリーが描けたら、次は「そのKPIをどうやって集計するか」を決めます。各指標について、

  • 計算式(分子・分母は何か)
  • データソース(どのシステム・どのシートから取るか)
  • 集計頻度(毎日か、週次か、月次か)

を整理しておきます。これを一枚の仕様書やスプレッドシートにまとめておくと、あとからダッシュボードやAIレポートに展開するときに非常に役立ちます。ここまでできて初めて、KPIツリーが「絵に描いた餅」ではなく、実際の数字とつながったKPI設計になります。

ステップ5:3〜6か月試運用して、KPIツリー自体をアップデートする

最後に、完成したKPIツリーをいきなり「正式版」とせず、まずは3〜6か月の試運用期間を設けるのがおすすめです。週次・月次の会議でKPIツリーに沿って数字を確認し、「この指標は見てもあまり意味がない」「ここにもう一段分解が必要だ」といった気づきを集めます。

このプロセスを通じて、KPIツリー自体が会社の成長とともにアップデートされるようになります。「一度作って終わり」ではなく、「対話を通じて育てていく指標の地図」として扱うことが、結果的に経営と現場の関係性を良くしていきます。

5. 営業・マーケ・CSのKPIツリー事例と、運用を定着させるコツ

最後に、実務のイメージが湧きやすいよう、部門別のKPIツリー事例と運用のポイントを紹介します。ここでも、KPI設計の目的はあくまで「経営と現場の共通言語をつくること」だという視点を忘れないようにしましょう。

営業部門:売上を「商談数×受注率×単価」に分解する

年商5〜10億規模のBtoB企業では、営業KPIツリーの定番構造として「売上=商談数×受注率×平均単価」がよく使われます。ここからさらに、

  • 商談数 = アポ件数 × 商談化率
  • アポ件数 = 架電数 × アポ獲得率 + インバウンドリード数
  • 受注率 = 提案数 × 提案からの受注率

といった形で分解していくと、営業マネージャーは「今月は商談数は足りているが受注率が低い」「受注率の中でも、そもそも提案数が不足している」といった分析がしやすくなります。会議ではこのKPIツリーを画面に映し、「どの枝でギャップが起きているか」を一緒に確認することで、「もっと頑張れ」ではなく「どの行動を変えるか」という具体的な会話に変わります。

マーケティング部門:リード獲得から受注までのファネルをそのままKPIツリーに

マーケティングのKPIツリーでは、リード獲得から受注までのファネル構造をそのまま指標に落とすのが基本です。例えば、

  • サイト流入数 → 資料DL数 → MQL数 → SQL数 → 受注数

といった流れです。さらにチャネル別(広告・SEO・ウェビナー・展示会など)に分けることで、「展示会はリード単価は高いが受注率が高い」「広告はMQLまでは多いが商談化率が低い」といった分析が可能になります。KPIツリーを使えば、マーケと営業が「どの地点でバトンが落ちているか」を共通認識として持てるようになります。

カスタマーサクセス部門:解約率から逆算したKPIツリー

カスタマーサクセスやサポートのKPIツリーでは、「月次解約率」や「LTV(顧客生涯価値)」をKGIに置き、そこから「オンボーディング完了率」「継続利用率」「アップセル率」「問い合わせ対応満足度」などに分解します。さらにオンボーディング完了率は「初回ログイン率」「初期設定完了率」、継続利用率は「週次アクティブユーザー率」、問い合わせ対応満足度は「一次回答までの時間」「自己解決率」などに分解できるでしょう。

こうしたKPIツリーがあれば、CSチームは「今月解約率が悪化しているが、その要因はオンボーディングの遅れなのか、サポートの品質なのか」といった議論を具体的に行えます。解約が起きてから慌てるのではなく、リード指標を見ながら早めに手を打つ、というカルチャーづくりにもつながります。

運用を定着させるための会議・DXの工夫

KPIツリーを“生きた仕組み”にするには、作ったあとが勝負です。おすすめは、週次・月次の会議を次のような流れにすることです。

  • KPIツリーの上から順に、実績と目標の差分を確認する
  • ギャップの大きい枝を特定し、その要因をメンバーと議論する
  • 次の1〜2週間で実行する打ち手を決め、誰が何をするかを明確にする

このサイクルを続けることで、KPIツリーが「叱責の材料」ではなく「一緒に改善策を考えるための共通の図」として機能するようになります。また、数値の集計・可視化はスプレッドシートやBIツールで自動化し、将来的にはAIによるレポート自動生成や異常検知と組み合わせるなど、段階的にDXを進めていくとよいでしょう。

6. まとめ:KPIツリーは「会社のOS」を整えるプロジェクト

ここまで、KPIツリーの基本的な考え方から、良いKPI設計の条件、具体的な設計ステップ、営業・マーケ・CSの事例、そして運用を定着させるコツまでを紹介してきました。改めて強調したいのは、KPIツリーづくりは単なる指標づくりではなく、経営と現場のOSを整えるプロジェクトだということです。

ツールやレポートを整える前に、「どの数字が動くと、最終的に何が良くなるのか」を、経営と現場が同じテーブルで議論する。そのプロセス自体が、組織の学習と対話を促します。完璧なKPIツリーを一発で作る必要はありません。小さく描き、試しながら、経営と現場が一緒になってアップデートしていく。その中で、会社の強みやボトルネックが言語化され、次の戦略やDXの方向性も見えてきます。

もし「どこから手をつければ良いか分からない」「社内だけでは議論が進まない」と感じる場合は、外部のパートナーと一緒にKPI設計ワークショップを行うのも一つの方法です。第三者がファシリテートに入ることで、経営と現場の本音が引き出され、より現実的で腹落ち感のあるKPIツリーをつくりやすくなります。経営と現場をつなぐKPIツリーを、ぜひ自社の「共通言語」として育てていってください。

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