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ゼロトラストの費用対効果が説明しづらい理由
ゼロトラストは「社内ネットワークは安全」という前提を置かず、アクセスのたびに本人・端末・状況を確認して守る考え方です。ところが、稟議でつまずきやすいのは「何を買うのか」が製品1つにまとまりにくく、効果も“事故が起きないこと”として現れがちだからです。つまり、投資額は見えるのに、回避できた損失が見えにくいのが構造的な難しさです。
もう一つの理由は、「コスト削減」と「リスク低減」が同じ表で比較されがちな点です。ゼロトラストの価値は、セキュリティ強化だけでなく、テレワークやクラウド活用を進めるための土台(安全に使える状態)を作ることにあります。しかし稟議では、ライセンス費・運用費の増分だけが目立ち、「今のVPNで足りるのでは?」という問いに戻りがちです。
そのため、ゼロトラストの費用対効果を通すには、投資判断の尺度を「便利そう」から「定量・準定量の指標」に切り替え、さらに経営側が知りたい問いに合わせて言い換える必要があります。例えば、経営は「年間いくらの損失リスクを減らせるか」「監査・取引先要求に耐えられるか」「事業継続にどの程度効くか」を知りたい一方、情シスは「運用が回るか」「既存システムと両立できるか」「人手が増えないか」を重視します。同じゼロトラストでも、相手の関心に合わせて“効果の言葉”を変えることが重要です。
本記事では、開発に詳しくない方でも説明できるように、ゼロトラストの費用対効果を「指標」「計算」「伝え方」「段階導入」のセットで整理します。製品名の暗記ではなく、稟議・CFO・上長に通る説明フレームを手元に残すことをゴールにしてください。
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費用対効果の前に整理する「守る対象」と「起こりうる損失」
ゼロトラストの費用対効果は、いきなり「EDRはいくら」「CASBはいくら」と製品の話から入ると、比較対象がなくなり説明が崩れます。まずは、社内にとっての“守る対象”を3つに分けて棚卸しします。データ(情報)・業務(止まらないこと)・信用(取引継続)です。
次に、守る対象ごとに「損失シナリオ」を文章で1〜2行にします。例として、次のような形です。
- データ:メール誤送信や不正アクセスで顧客情報が漏えいし、調査・報告・対応で工数と外部費用が発生する
- 業務:ランサムウェア等でファイルサーバが暗号化され、受発注や請求が止まり売上が遅延する
- 信用:取引先のセキュリティ審査に通らず、案件が失注または更新停止になる
この段階で重要なのは、脅威の“専門用語”を並べるより、社内の業務に落とすことです。「もし止まったら誰が困るか」「どのシステムが止まると致命的か」を出すと、数字に変換しやすくなります。たとえば「会計締めが遅れる」「見積回答が遅れ受注率が落ちる」など、現場の言葉が効きます。
続いて、損失を定量化するための項目を揃えます。CFOや稟議担当が納得しやすいのは、売上・粗利・人件費・外部委託費・違約金・監査対応費といった会計に近い項目です。ゼロトラストは“事故ゼロ”を約束するものではありませんが、「発生確率を下げる」「被害を小さくする」「復旧を早くする」の3点で、損失の期待値を下げられる、と説明できます。
そして、ゼロトラストの話を「境界防御からの移行」として語ると理解されやすくなります。従来は「社内ネットワークに入れたら基本OK」でしたが、クラウド・テレワーク・外部委託が増えるほど境界があいまいになります。ゼロトラストは、社内外のどこからでも業務できる一方で、ID・端末・データの条件を満たしたときだけアクセスを許す設計です。費用対効果は、セキュリティ強化だけでなく、“安全に働ける範囲が広がること”による事業側のメリットも含めて評価すべきです。
ゼロトラストの費用対効果を示す指標(定量・準定量)
稟議で通しやすい指標は、大きく「削減できるコスト」「回避できる損失」「追加で得られる価値」の3カテゴリに分けると整理できます。ゼロトラストは“攻めの投資”と“守りの投資”が混ざるため、1つの式に無理やり押し込めず、複数の指標で示すのが現実的です。結論を1行で言い切り、根拠として指標を並べる形にします。
削減できるコスト(運用・インフラ)
- VPN運用コストの圧縮:VPN装置更新費、保守、障害対応、帯域増強。ゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)で置き換えられるケースがあります
- 端末管理の標準化:MDM/EMMで端末設定やアプリ配布を自動化し、キッティング工数・属人化を減らす
- アカウント運用の効率化:ID統合やSSOで、パスワードリセット・権限付与の手戻りを減らす
削減系は数字にしやすい反面、「その削減はゼロトラストでなくても可能では?」と突っ込まれます。ここでは、ゼロトラストの中核であるID・端末・アクセス制御の整備が、結果として運用の標準化につながる、という因果を説明します。
回避できる損失(インシデント期待損失の低減)
- 漏えい時の直接費用:調査、封じ込め、外部専門会社、通知・窓口、追加監査など
- 業務停止の機会損失:止まった日数×(1日あたりの粗利、または処理件数×単価)
- 復旧工数:情シス・現場の残業、再設定、取引先対応
ここは確率の見積もりが難しいため、「期待値(確率×損失)」で厳密に当てにいくより、レンジ(低・中・高)で見せる方が通りやすいです。ゼロトラストは「侵入を完全に防ぐ」よりも、侵入しても横展開させない・重要データに触れさせない・早く検知することで、被害額と復旧日数を下げる点を強調します。
追加で得られる価値(売上・スピード・監査)
- 取引先要求・監査対応:セキュリティチェックシートへの回答精度が上がり、案件獲得や更新に効く
- テレワーク・外部委託の拡大:安全に業務を切り出せるため、人材確保や委託活用が進む
- クラウド移行の加速:クラウド利用の統制(誰が、どこから、何に)を整え、移行の心理的ハードルを下げる
この「追加価値」は、定量が難しい代わりに意思決定に刺さります。例えば「セキュリティ審査で毎回炎上している」「クラウドを使いたいがルールがなく止まっている」など、現実の詰まりを解消する投資として位置づけると説得力が出ます。ゼロトラストの費用対効果は、“事故を防ぐ保険”だけでなく、“働き方とIT活用を前に進める基盤”として語るのがポイントです。
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稟議に使える簡易ROIモデル(Excelで作れる)
ここでは、ゼロトラストの費用対効果を社内で説明するための、簡易モデルを提示します。細かな統計や業界平均を無理に持ち込むより、社内の数字(人件費、売上、工数)で組み立てる方が合意形成が早いです。前提は「3年」で置くと、ライセンス更新や端末更改のサイクルとも整合しやすくなります。
モデルの全体像
(A)コストと(B)効果を分け、最後に差分を見ます。
- (A)コスト:初期費(設計・導入)+年間費(ライセンス・運用)+教育費
- (B)効果:運用削減+インシデント損失の低減+追加価値(定量できる分だけ)
“追加価値”は無理に全部数字にしなくて構いません。数字にできるもの(例:VPN装置更新を回避、ヘルプデスク工数削減)だけ入れ、数字にしにくいものは「定性的効果」として稟議書の別枠に記載します。
コスト(A)の計算例
- 初期費:要件整理・設計・導入支援(ベンダー/パートナー費用)
- 年間費:ID管理/SSO、MFA、端末管理、EDR、ZTNAなどのサブスク+ログ管理
- 運用費:情シスの運用工数(例:月◯時間×人件費単価)
ゼロトラストは「全部入れる」と高くなります。稟議では、今回のスコープ(対象ユーザー・対象システム)を明確にして、段階投資にすることが重要です。例えば「全社員」ではなく「情シス+管理部+役員」から始める、あるいは「SaaSとメール」だけを先に固める、といった切り方が可能です。
効果(B)の計算例:削減+損失低減
削減は現状の運用工数を洗い出して置き換えます。例えば「パスワードリセットが月20件、1件15分、単価5,000円/時」なら、月の工数コストは 20×0.25×5,000=25,000円。SSOやMFAの整備で半減するなら月12,500円の削減、年15万円です。金額は小さく見えても、複数項目を積むと効きます。
損失低減は、次の式で“レンジ”を出します。
年間期待損失 =(発生確率)×(発生時損失額)
低減効果 = 現状の年間期待損失 − 導入後の年間期待損失
例として、ランサムウェアで「主要ファイルが使えず2日停止」した場合、1日あたり粗利が200万円なら機会損失は400万円。加えて外部調査や復旧支援で200万円、合計600万円の損失と置きます。発生確率を現状10%、導入後5%と保守的に置けば、年間期待損失は60万円→30万円で年30万円の低減です。数字が小さいと感じる場合、確率ではなく「被害額を小さくする(横展開を止める、復旧を早くする)」の方が説明しやすいこともあります。例えば停止が2日→0.5日に短縮できるなら、損失額自体が大きく下がります。
ポイントは、確率の正解を当てることではなく、社内の合意が取れる前提を置くことです。稟議では、“前提が妥当か”を先に握ると議論が前に進みます。「確率は低めに置いた」「損失額は最小ケースで見積もった」など、保守的であることを明示すると信頼されます。
相手別:CFO・経営・情シスへの伝え方(刺さる論点)
ゼロトラストの費用対効果を説明する相手が変わると、同じ資料でも通りやすさが大きく変わります。ここでは、よくある3者に対する“刺さる論点”を整理します。相手のKPIを借りて語るのがコツです。
CFO・財務(投資対効果と予見可能性)
CFOは「将来の不確実性をどれだけ減らせるか」「固定費が増えすぎないか」を見ています。したがって、①3年総額(TCO)、②削減できる既存コスト、③最悪ケースの損失レンジ、④段階導入で“止められるポイント”があるか、を示すと通りやすくなります。
- TCO:初期+3年分のサブスク+運用工数。更新時の増減要因も書く
- 代替・相殺:VPN更改や保守、個別SaaSの重複機能を整理して相殺する
- リスク:業務停止・漏えいの最小/通常/最大の3ケースで金額を置く
- 段階投資:PoC→対象部門→全社のゲートを作り、次の投資判断を残す
また、「ゼロトラストは運用が増えるのでは」という疑念に対しては、運用設計(ログ監視、アラート運用、IDライフサイクル)を最初から見積もりに入れ、“隠れコストを先に出す姿勢”を見せると信頼が上がります。
経営・事業責任者(止めない、失注しない、スピードを落とさない)
経営は「売上に直撃すること」を嫌います。説明は「サイバー対策です」より、「事業継続と取引維持のための基盤です」が響きます。特に、取引先からのセキュリティ要求が強い業界では、「チェックシートで毎回詰まる」「監査で指摘が続く」こと自体がボトルネックです。ゼロトラストでID・端末・アクセスの統制が説明できるようになると、“セキュリティ審査の通過率とスピード”が上がります。
さらに「社員の働き方」を絡めると理解が進みます。例えば、テレワークや出張先で安全にアクセスできる、外部委託に必要最小限の権限だけ渡せる、といった状態は、ゼロトラストの実利です。ここでは専門用語を避け、業務シーンで語るのが効果的です。
情シス(実装可能性、運用負荷、既存資産との両立)
情シスは「理想はわかるが回るのか」を気にします。ここでは、ゼロトラストを“思想”ではなく“運用手順”に落とします。例えば次の論点が重要です。
- IDが統一されているか:人の入退社・異動に合わせた権限変更ができるか
- 端末の状態を見られるか:OS更新、暗号化、ウイルス対策、紛失時ワイプ
- ログを見て対応できるか:アラートが多すぎない設計、誰が一次対応するか
- 例外の扱い:古い端末、共有端末、工場・倉庫PC、協力会社など
情シスに対しては、費用対効果を「事故リスク」だけでなく「運用が楽になる(標準化される)」として示すと賛同を得やすいです。ゼロトラストの導入は、ルールと例外処理の設計が半分です。“例外をゼロにする”のではなく、“例外を管理できる形にする”と現実的に進みます。
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段階導入で費用対効果を最大化する進め方(失敗を避ける)
ゼロトラストは一括導入より、段階導入の方が費用対効果を出しやすく、失敗も減らせます。理由は、現場の業務や既存システムの例外が必ず出るからです。最初から全社を対象にすると、例外対応が爆発し、運用が回らず「結局使われない」リスクが上がります。小さく始めて、測って、広げるが基本です。
おすすめのスコープ切り(効果が出やすい順)
- メール+SaaSのID統制:SSO/MFA、退職者アカウントの即時無効化。効果が説明しやすい
- 重要データへのアクセス制御:ファイル共有、顧客DB、会計など。役割ベースで最小権限に
- 端末の健全性チェック:暗号化・OS更新・EDR。紛失やマルウェアの被害を抑える
- 社内システムへのZTNA:VPN置き換え。運用とユーザー体験の改善が狙える
特に「ID(本人確認)」はゼロトラストの中心で、費用対効果の説明もしやすい領域です。退職者アカウントの残存や、共有アカウントの横行は、事故の原因として理解されやすく、監査観点でも刺さります。
PoCで測るべき指標
段階導入では、PoC(試行)で“数値を取る”ことが稟議の武器になります。次のような指標は測りやすく、説得力があります。
- ログイン失敗・問い合わせ件数:MFA導入で混乱が出るか、教育が必要か
- 端末準拠率:暗号化・OS更新が何%達成できるか
- アクセス遮断の検知:本来不要なアクセスがどれだけあったか(最小権限の根拠になる)
- 運用工数:週あたり何時間増減したか(監視・アカウント運用)
ここで注意したいのは、PoCを「技術検証」で終わらせないことです。稟議に効くのは、“運用できるか”“現場が使えるか”の検証結果です。ユーザー教育の手間、例外処理の件数、ヘルプデスク負荷まで含めて評価しましょう。
よくある失敗と回避策
- ツール先行:製品を入れたがルールがない → 「誰が何にアクセスできるべきか」を先に定義
- 例外だらけ:共有端末・古いOSが多い → 例外の区分(恒久/暫定)と期限、代替策を用意
- ログが見られない:アラートが多すぎる → 重要資産から優先し、通知条件を段階的に強める
- 現場反発:ログインが面倒 → 端末信頼+条件付きアクセスで“いつも厳しい”を避ける
ゼロトラストは「厳しくすること」ではなく、状況に応じて適切に判断することです。例えば、社給端末・社内からのアクセスはスムーズに、未知の端末・海外IP・深夜帯は追加認証、といった設計が可能です。セキュリティと利便性は、設計で両立できます。
まとめ
ゼロトラストの費用対効果を説明する鍵は、「製品の説明」ではなく「損失シナリオと指標」に置き換えることです。まず守る対象(データ・業務・信用)を棚卸しし、起こりうる損失を自社の言葉で定義すると、投資判断の土台ができます。次に、削減できるコスト・回避できる損失・追加で得られる価値の3カテゴリで指標を用意し、レンジでもよいので数字を置くと稟議が進みます。
また、ゼロトラストは一括導入よりも段階導入が現実的です。ID統制や重要データのアクセス制御など、効果が出やすい範囲から始め、PoCで運用工数や問い合わせ件数などの“実測値”を取りましょう。小さく始めて測り、根拠を持って広げることで、費用対効果を最大化できます。
社内の説明で迷ったら、「CFOにはTCOと止められるポイント」「経営には事業継続と取引維持」「情シスには運用設計と例外管理」というように、相手の関心に合わせて同じ内容を言い換えてください。ゼロトラストは“怖いから入れる”ではなく、“安全に事業を伸ばすために整える”投資として伝えるほど、合意形成がスムーズになります。
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