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RAGは「便利」より先に「権利と契約」を整えるべき理由
社内文書を検索して回答してくれるRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)は、問い合わせ対応や設計レビュー、規程確認を一気に効率化できます。一方で、社内ナレッジRAGは「社内のものだから自由に使ってよい」と思われがちですが、実務ではそう単純ではありません。社内の共有フォルダやグループウェアには、取引先の資料、ソフトウェアのマニュアル、外部セミナーの配布資料、サブスクリプション契約のコンテンツなど、著作権や契約で利用範囲が縛られている情報が混在しがちです。
RAG(社内検索型AI、ナレッジ検索AI)の基本動作は「文書を収集して索引(ベクトル)化し、質問に応じて該当箇所を取り出し、要約して回答する」です。このプロセスのどこかで、著作権(複製・翻案・公衆送信など)や、契約上の禁止事項(再配布禁止、二次利用禁止、利用者限定、目的外利用禁止など)に触れる可能性があります。さらに、クラウドLLMの利用規約、ログ保存、学習利用の有無、越境移転、委託先の再委託など、情シスが押さえるべき観点も一気に増えます。
特に「予算はあるが詳しくない」組織ほど、PoCを急いでしまい、後から法務・監査で止まる、あるいは取引先から指摘を受けるという事故が起きやすいです。この記事では、開発の専門知識がなくても判断できるように、社内ナレッジRAGの著作権・契約リスクを潰し込むための情報管理チェックリストとして整理します。
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まず押さえる:著作権と契約リスクが発生するポイント
社内ナレッジRAGのリスクは、ざっくり言うと「入れる」「保管する」「出す」の3局面で発生します。難しい法律用語を避け、業務シーンで分解します。
入れる(収集・取り込み・前処理)
RAGは文書を取り込む際に、PDFやWordを解析し、テキスト化して保存します。これは一般に複製に該当し得ます。社内作成資料なら問題が小さい一方、取引先から受領した提案書や仕様書、メーカーのマニュアル、外部調査レポートなどは、契約や利用規約で「社内閲覧のみ」「複製・改変禁止」とされていることがあります。さらに、Web記事をスクレイピングして取り込むと、サイト規約や著作権の問題が表面化しやすいです。
保管する(インデックス・ベクトルDB・ログ)
取り込んだテキストや、検索用に作る埋め込みベクトル、検索クエリ、回答ログなどは「データ」として残ります。ここで重要なのは保管場所(クラウド/オンプレ)とアクセス権です。クラウドに保存すると越境移転や委託先管理が論点になります。オンプレでも、部署を跨いで閲覧できるようにしてしまうと、契約上「利用者限定」の条件を破る可能性があります。
出す(回答・要約・引用・再配布)
RAGは文書の該当箇所を提示したり、要約して文章を生成します。ここで、元資料の表現をそのまま出すと転載に近づきますし、要約でも内容の再利用として契約違反になるケースがあります。例えば「購読契約のレポートを要約して全社に配布」は、閲覧権限や利用範囲に抵触しがちです。また、チャットの回答を社外メールに貼り付けて送ると、情報の再配布として問題になりやすくなります。
導入前に決めるべき「情報の境界線」:取り込み可否の分類ルール
リスクを潰す第一歩は、RAGに「何を入れてよいか」を明文化することです。技術ではなく運用ルールの話で、情シス・法務・各部門が合意しやすい形に落とします。おすすめは、情報を4分類し、取り込みの可否と利用範囲をセットで定義する方法です。
情報分類(例)
- A:自社が著作権を保有(自社作成の規程、手順書、議事録、設計資料など)→原則取り込み可。権限設計は必要。
- B:取引契約の中で利用が許諾(受領した仕様書・成果物など)→契約条項を確認し、利用者範囲と目的を制限して取り込み。
- C:利用規約で閲覧が許されるが再利用が制限(サブスクレポート、オンライン学習教材、マニュアル等)→原則取り込み不可、または「リンク案内のみ」など代替策。
- D:権利・出所が不明(個人が拾った資料、ネットの転載PDF等)→取り込み禁止。出所確認が取れるまで隔離。
ポイントは、「文書単位」ではなく「情報ソース単位」でルール化することです。フォルダ単位・システム単位(例:社内WikiはA中心、取引先共有フォルダはB中心、個人PCは原則対象外)で管理すると、運用が回ります。
また、取り込み可の資料でも「全社公開」か「部門限定」か「案件限定」かで扱いが変わります。RAGは便利なぶん、うっかり横断検索を許してしまうと、契約で縛られた情報が別部署に広がる事故が起きます。最初から「誰が」「何の目的で」「どの範囲まで」使うかを、利用シーンで決めてください。
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情報管理チェックリスト:著作権・契約リスクを潰す実務項目
ここからは、社内ナレッジRAGで実際に問題になりやすい項目をチェックリスト形式で整理します。情シスが主担当でも、法務・総務・各部門に確認依頼しやすいよう、質問文を具体化しています。
ソース(文書)の権利・契約チェック
- 出所は明確か(作成者、作成年、受領元、URL、契約番号が追える)
- 著作権者は誰か(自社・個人・取引先・ベンダー・出版社など)
- 受領資料の利用目的は契約に合致するか(例:開発目的で受領→社内FAQ用途は目的外になり得る)
- 複製・改変・翻案・再配布の禁止条項がないか(禁止がある場合、RAGの取り込みは要注意)
- 利用者範囲の制限がないか(「本プロジェクトメンバーのみ」「購読者のみ」など)
- 期間の制限がないか(契約終了後の削除義務、閲覧期限、保管期限)
- オープンソース/Creative Commons等の条件確認(表示義務、改変可否、商用可否、同一条件継承など)
判断に迷う場合は、「RAGに入れる=社内に複製し、検索・要約して再提示できる状態にする」と捉えて、契約条項を確認します。条項が曖昧なら、取引先に“社内AI検索(RAG)での利用可否”を明示的に確認した方が安全です。
取り込み・加工(前処理)の範囲
- 全文取り込みか、抜粋取り込みか(必要最小限が原則。章・節単位の抜粋を推奨)
- 画像・図表・ソースコードを含めるか(図表は転載性が高くリスクが上がる)
- 個人情報・機密のマスキング(氏名・メール・電話・住所・口座・健康情報など)
- 機密区分ラベルの付与(公開範囲、取り扱い注意、契約情報などをメタデータに)
- 削除要求に対応できるか(特定文書を消すとき、ベクトルDB・キャッシュ・ログから消せる)
技術的に難しそうに見えますが、要点は「不要なものを入れない」「入れたものは追跡できる」です。RAGは情報量が多いほど賢くなる一方、リスクも情報量に比例して増えると理解すると、初期設計の判断がしやすくなります。
アクセス権・認可(誰が見られるか)
- 元の権限をRAG側に引き継げるか(フォルダ権限、SharePoint/Google Drive権限、案件権限)
- 部署横断の検索を許す範囲(全社共通ナレッジと案件ナレッジを分離)
- 回答に出典(参照元)を出すか(出典が見えると監査・説明がしやすい)
- 「見せない」だけでなく「使わせない」制御(閲覧不可情報を回答に混ぜない)
RAGでよくある事故は、「検索は便利になったが、権限の境界が崩れた」です。理想は、元システムのアクセス権をそのまま適用すること。難しい場合でも、「全社用」「部門用」「案件用」にRAGを分けるだけで、リスクは大きく下がります。
外部LLM・クラウド利用時の契約・運用
- 入力データが学習に使われない設定/契約になっているか(オプトアウト、エンタープライズ契約等)
- ログの保存期間と削除(監査のために残すのか、機密のために短期にするのか)
- データ保管場所(リージョン)(越境移転や社内規程に合うか)
- 再委託・サブプロセッサの管理(提供ベンダーの体制、通知義務)
- インシデント時の責任分界(漏えい時の通知、補償、対応手順)
情シス視点では、RAGの“検索”より、LLMに渡す“プロンプト”と“ログ”が問題になりがちです。「プロンプトに機密を入れない」設計(検索結果の必要最小限だけを送る、マスキングする)にするだけで、契約面のハードルが下がります。
現場で起きがちな失敗と、すぐできる回避策
ここでは、社内ナレッジRAG(社内文書検索AI)で実際に起きやすい「事故の型」を、非エンジニアでも判断できる対処に落とします。
失敗:PoCで“共有フォルダ丸ごと”取り込んでしまう
スピード重視でフォルダを一括投入すると、契約資料・個人情報・古い版・未確定資料まで混ざります。その結果、回答が不正確になるだけでなく、利用してはいけない情報を要約してしまうリスクが跳ね上がります。
回避策:最初は「社内規程」「FAQ」「手順書」などA分類(自社著作)中心の小さなスコープに限定し、効果と安全性を確認してから拡大します。取り込み対象は「チェック済みの保管庫(承認済みライブラリ)」に移してからにすると運用が安定します。
失敗:回答をそのまま社外に送ってしまう
RAGの回答は“社内利用”を前提にしていることが多く、社外への提供は別問題です。とくに、取引先資料やサブスク情報を含む場合、社外メールへの貼り付けは再配布と見なされることがあります。
回避策:チャット画面に「社外共有前の確認チェック」を表示し、社外送信のテンプレに「出典確認」「契約確認」「機密区分」を入れます。可能なら、社外共有モードでは出典URL/文書名のみ提示し、本文の転載を避ける設計にします。
失敗:最新情報と旧版が混在して、誤回答が出る
著作権・契約以前に、業務事故として多いのが版管理の崩壊です。旧版の規程や古い仕様が混ざると、RAGはそれらも同列に検索してしまいます。結果として、誤った手順で作業が進み、監査指摘につながります。
回避策:「正本(最新版)保管庫」を決め、改定時は旧版をアーカイブに移し、RAGの検索対象から外す運用にします。回答には文書名・版・改定日を表示し、判断材料を残すと現場が安心します。
失敗:誰が何を根拠に答えたのか説明できない
監査・内部統制・取引先説明では「その回答の根拠は?」が必ず問われます。RAGはうまく使うと根拠提示が得意ですが、設計によっては根拠が出せず「AIが言ったから」になり、運用停止になりがちです。
回避策:回答には必ず出典(参照文書)を紐づける、出典が取れない質問には「不明」と返す、根拠のない断定をしない、というポリシーを設定します。RAGの強みは“それっぽい回答”ではなく、“参照できる回答”です。
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導入・運用の進め方:情シスが押さえる最短ルート
最後に、詳しくない組織でも進めやすい導入手順を、著作権・契約リスクの観点で組み立てます。目的は「早く作る」ではなく、止まらずに運用できるRAGを作ることです。
- 用途を1つに絞る(例:社内規程Q&A、手順書検索、問い合わせ一次対応)。用途が増えるほど、取り込み対象が増え、契約確認が追いつきません。
- 取り込み対象を“承認済み保管庫”に限定(A分類中心)。既存の共有フォルダをそのまま使わず、チェック済み資料だけを移す運用が安全です。
- 情報分類と取り込み基準を文書化(A/B/C/D分類、取り込み禁止例、例外申請フロー)。監査に耐える形にします。
- 権限設計を先に決める(全社・部門・案件)。可能なら元権限の継承、難しければRAGインスタンス分割。
- LLM/クラウドの契約条件を確認(学習利用、ログ、保管場所、再委託)。不明点はベンダーに質問表で確認します。
- “出典必須”と“社外共有ルール”をUIに組み込む(運用で守らせるより、仕組みで防ぐ)。
- 定期棚卸し(契約終了の削除、旧版除外、アクセス権の見直し、ログの扱い)。RAGは作って終わりではなく、情報が増えるほど更新が必要です。
この流れだと、PoCでも「リスクが見える」「関係者が合意しやすい」「本番移行で揉めにくい」というメリットが出ます。RAG(ナレッジRAG)は技術プロジェクトであると同時に、情報管理プロジェクトでもあります。
社内向け:RAG運用ルール(たたき台)
- 回答には出典(文書名・改定日・リンク)を表示し、出典がない場合は断定しない
- 社外共有は禁止(必要時は上長/法務承認)
- 取り込み対象は承認済み保管庫のみ(個人フォルダ・取引先共有は原則不可)
- 例外取り込みは「出所・権利・契約・期間・利用者範囲」を記入して申請
- ログは最小限、保管期間を定め、削除要求に対応できる体制にする
まとめ
社内ナレッジRAGは、社内文書を探す時間を削減し、問い合わせ対応や業務判断のスピードを上げられる強力な仕組みです。ただし、便利さの裏で、著作権と契約条件が混ざった情報を横断的に扱うため、設計と運用を誤ると「止まるPoC」になりやすい領域でもあります。
リスクを潰すコツは、技術の細部より先に、取り込み対象の境界線(A/B/C/D分類)を決め、元の権限を守り、出典を必須にし、社外共有をコントロールすることです。さらに、クラウドLLMの契約条件(学習利用・ログ・保管場所)を押さえれば、情シスとして説明可能なRAGになります。
「どの資料を入れてよいかわからない」「取引先資料が多くて線引きが難しい」「社内規程に合わせた運用にしたい」といった場合は、情報分類の設計からRAG構築・運用まで一気通貫で整えるのが近道です。
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