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ベンダーと“対等に”働く発注術:情報非対称を埋める方法
IT投資の現場では、「技術はベンダーの方が詳しいから仕方ない」と、発注側が情報非対称を前提にあきらめてしまう場面が少なくありません。ところが、情報非対称を放置したままシステム投資を進めると、見積の妥当性が分からない、要件定義の議論で主導権が取れない、出来上がったシステムが現場で使われない、といった問題が高い確率で起きます。本記事では、発注側が専門家になる必要はないという前提に立ちつつ、経営層・事業責任者・管理部門・DX推進担当がベンダーと対等に議論できる発注術と要件定義の型を、実務レベルで整理します。
キーワードは「発注術」「情報非対称」「要件定義」です。特別なテクニックではなく、投資ストーリーの整理、要件整理の進め方、ベンダーとの発注プロセスの見える化という三つの観点から、すぐに現場に持ち帰れるフレームと具体的な進め方を解説します。
なぜ発注側はいつも不利なのか?情報非対称が生まれる構造を理解する
まず押さえておきたいのは、「なぜ発注側が不利な立場に置かれがちなのか」という構造です。システム開発やSaaS導入、AI活用のプロジェクトでは、ベンダーは多数の案件を経験しており、見積手法・契約・要件定義・運用設計まで一通りの知識と発注術を持っています。一方、年商5〜10億規模の中堅企業では、大型のIT投資は数年に一度というケースが多く、発注プロセスのノウハウが社内に蓄積されにくいのが実情です。この経験差と知識差こそが情報非対称であり、そのまま放置すると、ベンダーのペースで要件定義や見積が進み、発注側が「何が分かっていないかさえ分からない」という状態に陥ります。
典型的なパターンとして、発注側が「こういうことがやりたい」と口頭で要望を伝え、ベンダーがそれを解釈して要件定義の草案を作る、という発注プロセスがあります。この流れ自体が悪いわけではありませんが、情報非対称が強い状態では、ベンダーの解釈がそのまま仕様になり、後から「そこまでは頼んでいない」「そこは必須ではなくてよかった」といった齟齬が噴出します。結果として、追加開発や手戻りが増え、投資対効果が大きく損なわれます。本来であれば、発注側が投資の目的や優先順位、リスク許容度を言語化し、その上で要件定義をベンダーと共同で磨いていくべきですが、その「型」がないことで情報格差が広がってしまうのです。
さらに、セキュリティや監査・コンプライアンスの要件は、管理部門にとって重要であるにもかかわらず、プロジェクト初期には十分に議論されないことが多く見られます。「とりあえず動くものを作ってから考えよう」という発想は、短期的には楽に見えますが、長期的には高くつきます。権限設定やログ設計、委託先管理といったテーマは、後から修正しようとすると大規模な改修が必要になり、発注術や要求定義の段階で考慮していなかったツケが回ってきます。こうした背景を踏まえると、情報非対称を埋める第一歩は、「構造を理解し、どこで意思決定の主導権を取りたいのか」を発注側が自覚することだと言えます。
要件定義の前にそろえるべき「判断軸」と投資ストーリー
多くのプロジェクトがつまずくのは、「要件定義が甘かったから」というよりも、「要件定義に入る前の前提が揃っていなかったから」です。発注術の観点から見ると、要件定義とは発注プロセスの中盤であり、その前にやるべきは投資ストーリーと判断軸の整理です。最初にやるべきことは、経営層・事業責任者・管理部門が同じ言葉で語れるゴールをつくることです。売上拡大なのか、コスト削減なのか、人材不足の緩和なのか、監査リスクの低減なのか。目的が複数ある場合は、どれを優先し、どこまでを許容するのかをすり合わせなければ、要件整理もベンダーとの議論もブレてしまいます。
実務的には、「目的 → KPI → 対象業務 → 優先順位」という流れで整理することをおすすめします。例えば、「営業の受注率を5%上げたい」「バックオフィスの月次締めを3日短縮したい」「監査指摘のリスクをAからBに下げたい」といったKPIを定義し、それに紐づく業務を洗い出します。そのうえで、Must(絶対に必要)、Should(できれば欲しい)、Could(余裕があれば)の優先度を付けていくと、要件定義の議論でも「これはKPIに対してどの位置付けか」という観点で判断できます。この整理は、単に要件定義をスムーズにするだけでなく、「なぜこの投資が必要なのか」という経営判断の説明材料にもなります。
ここで重要なのは、技術的な解決策を早々に決めてしまわないことです。「AIを使いたい」「このSaaSを導入したい」といった解決手段ありきで議論を始めると、本来の目的から逆算した要件定義が難しくなります。発注術の観点では、まず投資ストーリーをつくり、次に要件定義の範囲と粒度を決め、それから具体的な技術選定や実装方式をベンダーと議論する方が、結果的に情報非対称を小さくできます。ベンダーから「この要件は削りましょう」と提案されたときにも、「それはKPIへの寄与が薄いからか」「リスクとのバランスか」といった建設的な対話に変えられるはずです。
ベンダーと対等になるための発注術:RFP以前に出す3点セット
情報非対称を縮小し、要件定義をスムーズに進めるためには、RFP(提案依頼書)以前の段階で、発注側から最低限そろえておきたい情報があります。ここで完璧な要求定義を目指す必要はありませんが、「背景と課題」「現状の業務とデータの流れ」「目指したい姿」の三点は、A4数枚でよいので文章と図に整理しておきたいところです。この整理そのものが発注術であり、発注プロセスを発注側の言葉で主導するための土台になります。
第一に、背景と課題です。なぜ今この投資が必要なのか、どのような経営課題・現場課題があるのかを、時系列や数字を交えながら説明します。「属人化しているため、担当者が休むと止まる」「監査対応に毎回多くの工数がかかる」といった具体的な現状を書くことで、ベンダーも要件定義の議論で的を絞りやすくなります。第二に、現状の業務フローとデータの流れです。紙・Excel・SaaSなど、どこにどの情報が散らばっているか、どのタイミングで誰が判断しているかを簡単な図にします。ここに例外処理や属人的な判断ポイントを加えると、情報非対称が一気に縮まり、要件整理がしやすくなります。
第三に、目指したい姿のイメージです。ここでは詳細な要求定義ではなく、「最終的にどのように仕事が変わっていてほしいか」を書きます。例えば、「現場の入力は1画面で完結したい」「承認フローは3段階までにしたい」「海外拠点からも同じ画面で入力できるようにしたい」といったレベル感で構いません。これら三点を事前に共有しておくと、ベンダー側の要件定義も質が上がり、「この要件は本当に必要か」「この要件は後回しでも良いか」といった建設的な議論がしやすくなります。結果として、情報非対称を前提とした丸投げではなく、共通の土台の上で発注術を発揮できる状態に近づきます。
Tips:RFP以前の3点セットを作るときのコツ
・完璧な要件定義を目指さない(8割の粒度でよい)
・図と文章を組み合わせて、業務とデータの流れを見える化する
・KPIや優先順位との紐付けを、各ページのどこかに必ず書く
・ベンダーに「質問したくなる資料」になっているかを意識する
見積と提案をプロの目で査定する発注プロセス
RFPや事前資料をもとに複数のベンダーから提案が出てきた段階では、「値引き交渉」よりも先にやるべき発注術があります。それが見積と提案の査定です。情報非対称が強いと、見積金額の大小だけで判断してしまいがちですが、実務で重要なのは、要件定義に割り当てられている工数や、テスト・データ移行・運用設計といった見えにくい作業への配分です。要件定義の工数が極端に少ない見積は、一見「安くてスピーディ」に見えても、後から追加費用と手戻りが積み上がる危険信号とも言えます。
査定の際には、少なくとも「工数の根拠」「前提条件」「リスクの想定」を確認します。同じ金額でも、要件定義フェーズに十分な時間を取り、未知の論点に対するバッファを確保している提案の方が、結果的に情報非対称を小さくし、プロジェクト全体の成功確度を高めます。また、テストや移行、教育、本番立ち上げ支援がどこまで含まれているかも重要です。ここが曖昧なまま契約すると、「それは見積外です」と言われやすい領域が増え、発注プロセス全体で発注側が不利になります。
もう一つ有効なのが、複数提案を比較表に落とし込むことです。金額や工数だけでなく、「要件定義の進め方」「レビュー頻度」「プロジェクト体制(誰がどれくらいアサインされるか)」「セキュリティやガバナンスへの対応方針」「運用・保守の範囲」を一枚で見えるようにします。そのうえで、「ここは他社と比べてなぜ違うのか」という逆質問を投げかけると、ベンダーごとの思想や強み・弱みが立体的に見えてきます。こうした査定の発注術を標準化することで、案件ごとに一から悩むのではなく、社内で再利用可能な「評価のものさし」が育っていきます。
逆質問の例:
・要件定義フェーズで、発注側にどの程度の工数が必要になりますか?
・今まで似た案件で、どこでつまずきやすかったですか?
・変更要望が出たときの運用ルール(費用・フロー)はどうなりますか?
・セキュリティ・監査要件を要件定義のどの段階で確認しますか?
契約・ガバナンス設計と90日ロードマップで「作って終わり」を防ぐ
要件定義と見積査定が終わり、いざ契約・開発フェーズへ――この段階でも、情報非対称を意識した発注術が欠かせません。特に重要なのが、契約形態とガバナンス設計です。準委任契約と請負契約の違いを理解せずに進めてしまうと、「どこまでがベンダーの責任で、どこからが発注側の判断か」という境界が曖昧になり、トラブル時に感情論に陥りがちです。例えば、請負契約であれば成果物と検収基準を明確に定める必要がありますし、準委任であれば要件定義をどこまで完了させるか、どのように優先順位を見直していくかの合意が重要になります。
併せて、セキュリティや監査・コンプライアンスの要件を「後から調整」で済ませないことも大切です。権限設計、ログの取得範囲と保存期間、データの暗号化、有事の対応フロー、二次委託先の管理などは、運用に直結する項目です。これらを要件定義フェーズで話題に上げ、基本設計・詳細設計のどの段階でどの程度詰めるのかを、発注プロセスの中に組み込んでおきます。ここでも、発注側がすべてを設計できる必要はなく、「どこまで決めれば監査や内部統制の観点で十分か」をベンダーと対等に議論できるかどうかがポイントです。
これらを時間軸で整理したものが90日ロードマップです。最初の30日で投資ストーリーと判断軸を固め、次の30日で重要論点に絞ったプロトタイプやPoCを行い、最後の30日で正式な要件定義・契約条件・体制・スケジュールを確定する、という発注プロセスをひとつの型として持っておくと、プロジェクトの立ち上げが格段にスムーズになります。このロードマップは、経営層への説明にも使える「見える化された発注術」であり、情報非対称の中でも発注側が主導権を握るための強力なツールとなります。
まとめ:情報非対称を超えて、経営と現場とベンダーをつなぐ発注術
ここまで見てきたように、「ベンダーと対等に働く」とは、ベンダーと同じだけ技術知識を持つことではありません。重要なのは、投資ストーリーと判断軸を整理し、要件定義に入る前に必要な情報を準備し、見積と提案を査定する発注プロセスを社内の型として持つことです。情報非対称は完全にはなくなりませんが、発注術と要件定義の型を持つことで、発注側は「何をベンダーに委ね、何を自分たちで決めるべきか」をコントロールできるようになります。その結果、IT投資が単発のプロジェクトではなく、事業戦略と一体となった継続的な取り組みへと変わっていきます。
一方で、これらの型をゼロからすべて自社で整えるのは簡単ではありません。限られたリソースの中で、経営と現場とベンダーの間をつなぎ、情報非対称を意識しながら発注プロセスを設計していくには、ITと業務の両方を理解したパートナーがいると大きな助けになります。IT戦略の言語化、要件定義のファシリテーション、技術選定の比較検討、そして開発・導入から運用・ガバナンス設計までを一気通貫で支援できるシステム会社と組むことで、発注側は「判断に集中する」という本来の役割に戻ることができます。
株式会社ソフィエイトは、こうした発注術と要件定義の型づくりを含めて、経営と現場の橋渡し役として伴走することを得意としています。情報非対称を前提にあきらめるのではなく、「次のプロジェクトでは、ベンダーと対等に議論しながら発注したい」と感じている方は、ぜひ一度ご相談ください。現在抱えているお悩みや検討中の投資テーマを伺いながら、具体的な発注プロセスや要件整理の進め方を、一緒に描いていければと思います。
株式会社ソフィエイトのサービス内容
- システム開発(System Development):スマートフォンアプリ・Webシステム・AIソリューションの受託開発と運用対応
- コンサルティング(Consulting):業務・ITコンサルからプロンプト設計、導入フロー構築を伴走支援
- UI/UX・デザイン:アプリ・Webのユーザー体験設計、UI改善により操作性・業務効率を向上
- 大学発ベンチャーの強み:筑波大学との共同研究実績やAI活用による業務改善プロジェクトに強い
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