失敗学・アンチパターン:要件追加の連続に耐える意思決定フレームワーク

失敗学・アンチパターン:要件追加の連続に耐える意思決定フレームワーク

なぜDXプロジェクトでは要件追加が止まらないのか

AIやデータ活用を軸としたDXプロジェクトでは、「最初に合意したはずの要件が、気づけばまったく別物になっている」という現象が頻繁に起こります。現場から次々に届く要件追加、経営層からの「ついでにこれも」という一言、ベンダーからの提案機能――これらが積み重なり、当初のロードマップや工数見積りは簡単に崩れてしまいます。単に「要件定義が甘かった」「現場のワガママに負けた」という話で片付けてしまうと、次のDXプロジェクトでも同じことが繰り返されてしまいます。

要件が増殖しやすい背景には、組織構造や意思決定の仕組みがあります。多くの企業では、DX推進責任者・情報システム部門・業務部門・経営層がそれぞれ異なる期待を抱えたままDXプロジェクトに参加しています。「業務効率化をしたい」「データを可視化したい」「新規事業につなげたい」など、ゴールがそろわないままスタートすると、途中で見えてきた課題やアイデアがすべて要件追加として流れ込んできます。しかも、既存業務のしがらみや社内政治もあり、「それは今やらない」とはっきり言うことが難しい環境も少なくありません。

さらに、DXの特徴として「やってみないと分からない領域」が大きいことも、要件定義を揺らしやすい要因です。AIモデルの精度やデータ品質は、実際に回してみて初めて見えてくる部分が多く、PoC後に「こういう出し方のほうが使いやすい」「この指標も見たい」といった要件追加が出るのは自然なことです。そのため、「要件追加をゼロにする」ことを目指すのではなく、「増えていく要件をどうさばき、どこまでならDXプロジェクトとして受け止められるか」を判断する仕組みが必要になります。

そこで重要になるのが、個々人の勘や根性に頼らず、組織として共通に使える意思決定フレームワークです。どの要件追加は今受け入れるべきで、どの要件は次フェーズへ回し、どれはやらないと決めるのか。これを「なんとなく」ではなく説明可能な形で判断できるかどうかが、DX推進の成否を分けていきます。

失敗学としてのアンチパターンと構造を理解する

多くのDXプロジェクトで見られる典型的なアンチパターンのひとつが、「成功したPoCの後に何でも盛り込み始める」というものです。小さく始めたAI・データ活用の取り組みがうまくいくと、「それならこの業務にも展開したい」「この機能もあったほうがいい」と、社内のあちこちから要件追加が殺到します。最初は数項目だったバックログが、数週間で倍以上に膨れ上がり、プロジェクトチームは優先順位づけよりも、ひたすら依頼の受け皿として機能してしまう状態に陥ります。

別のアンチパターンは、「チャットと口頭で要件定義が進んでしまう」ケースです。現場マネージャーからの「この帳票もついでに」「このダッシュボードを少し変えてほしい」といったお願いが、SlackやTeams上でその場しのぎに処理され、正式な要件書やチケットに残らないまま開発が進んでしまうことがあります。このような要件追加は履歴が残りにくく、後から工数超過や不具合の原因を特定しづらくなります。「いつ・誰の判断で・なぜ変えたのか」が分からないため、ふりかえりをしても学びが少ないDXプロジェクトになりがちです。

さらに厄介なのが、「良かれと思って顧客志向・現場志向で動いた結果、全体最適を失う」構造です。現場の声を尊重するのは当然大切ですが、「すべての要望を受け入れる」ことと「DXとしての方向性を守ること」は別問題です。本来は、現場からの要件追加意思決定フレームワークに載せて評価し、「今回はペンディング」「次フェーズで検討」といった形で整理すべきところを、「せっかくだから対応しておくか」と個別最適で判断してしまうと、システム全体の整合性が崩れていきます。

失敗学の観点では、自社のDXプロジェクトで過去に起きた要件追加の事例を、感情ベースではなく構造として整理することが重要です。「どのタイミングでスコープが膨らみ始めたのか」「誰の期待に引きずられてしまったのか」「どこで止められたはずだったのか」を振り返ることで、自社特有のアンチパターンが見えてきます。そのパターンこそが、後述する意思決定フレームワークを設計するうえでの貴重な材料になります。

要件追加を評価するための意思決定フレームワーク

DXプロジェクトで避けられない要件追加を「良い変化」と「致命的なスコープクリープ」に分けるためには、共通の意思決定フレームワークが欠かせません。ここでは、比較的導入しやすく、現場の対話にも使いやすい三つの評価軸を紹介します。それはビジネス価値実現コスト/リスクタイミング(フェーズ適合性)の三つです。

ビジネス価値の軸では、その要件追加が「売上・コスト削減・業務品質・リスク低減・顧客体験向上」といった指標にどれだけ寄与するかを評価します。例えば、「この分析軸を追加すると、営業会議での意思決定スピードが上がる」「この自動化を入れると月○時間の残業削減が見込める」といった形で、定性的でも良いので言語化しておきます。単に「あると便利そう」ではなく、「DXとしてどの価値に結びつくのか」を明確にすることがポイントです。

実現コスト/リスクの軸では、開発工数やライセンス費用だけでなく、データ準備の負担、既存システムへの影響、セキュリティ・コンプライアンス上のリスクなども含めて評価します。例えば、「この要件追加は一見簡単だが、裏側のデータモデルを変えないといけない」「この連携を実現するには、別システムの改修やベンダー調整が必要」といった現実的なコストを可視化します。ここを丁寧に行うことで、「簡単でしょ?」という一言に対しても、根拠を持って説明できるようになります。

タイミングの軸では、「今期リリースで対応すべきか」「次のフェーズに回すべきか」「そもそも本当に今やるべきなのか」を検討します。DXはマラソンであり、すべてを一度に実現する必要はありません。むしろ、早くリリースして現場のフィードバックを得ることが重要な場面も多いでしょう。その場合、「今回のリリースではここまで」「この要件追加は次のDXプロジェクトで重点的にやる」と割り切る判断が、結果としてスピードと品質を両立させます。

こうした三つの軸を、簡易なスコアリングシートやテンプレートに落とし込み、要件ごとに5段階で評価するだけでも意思決定フレームワークとして十分に機能します。重要なのは、「なぜそう判断したのか」を後から説明できる状態を作ることです。判断プロセスを標準化しておくと、DX推進責任者や情報システム部門が交代しても、同じ基準で要件追加を扱えるようになり、組織としての学習速度が上がっていきます。

現場で使いやすい簡易フレームワークの例

1. 「この要件はどのビジネス価値に効くのか?」を一文で書く。
2. 「実現するために追加で必要な工数・調整は何か?」をざっくり挙げる。
3. 「今回のリリースでなければ困る理由は何か?」を問い直す。
この3点をテンプレート化しておくだけでも、DXプロジェクトにおける要件追加の質が大きく変わります。

フレームワークを現場に落とし込む運用デザイン

意思決定フレームワークは、作っただけでは機能しません。日々のコミュニケーションや会議体、ドキュメント、ツールに組み込むことで、はじめてDXプロジェクトの現場で生き始めます。まず取り組みやすいのは、「すべての要件追加を1枚のテンプレートに通す」というルールです。背景・目的・期待する効果・影響範囲・代替案・優先度(自己評価)を必須項目にした簡潔なフォームを用意し、口頭やチャットでの依頼も一度そこに落としてもらうようにします。

次に重要なのが、要件を議論する場と決裁する場を分けることです。例えば、週次の「要件レビュー会」では、各部門から上がってきた要件追加を一覧で確認し、先ほどの評価軸に沿って整理します。この場では「採用・不採用」を即断しないことがポイントです。一旦整理したうえで、プロジェクトの優先順位や予算状況を踏まえながら、別の小さな場(Change Control Board など)で正式に判断します。これにより、声の大きさやその場の空気に流されにくくなり、DXプロジェクト全体として筋の通った判断がしやすくなります。

ツール面では、チケット管理やバックログ管理ができるサービス(Jira、Backlog、Notionなど)に、要件管理用のワークフローをあらかじめ組み込んでおきます。起票時にテンプレートが自動で表示されるようにし、ステータスとして「受付」「評価中」「今期対応」「次期検討」「却下」などを定義しておくと便利です。チャットツールと連携させて、特定のチャンネルへの投稿から自動的にチケットを作成し、「正式な要件追加として扱う」流れを作ることもできます。

また、AIチャットボットを社内に導入している場合は、ボットが要件追加らしきメッセージを検知した際に、「この内容を要件テンプレートにまとめますか?」と促し、フォームへのリンクを返すような設計も可能です。これにより、現場の負担をなるべく増やさずに、意思決定フレームワークに乗った要件管理を実現できます。

最後に、「それでもゴリ押しされそうな場面」に備えたコミュニケーションも大切です。例えば、「この要件追加は、現在のDXプロジェクトの目的とどう結びついているか、一緒に確認させてください」「今期対応するとしたら、どの要件を後ろ倒しにするのが妥当でしょうか」といった問いかけは、対立を生まずにフレームワークへ会話を戻すのに有効です。個人の感情ではなく、合意された意思決定フレームワークを盾にできる状態を作ることが、DX推進責任者や情報システム部門の負担を大きく減らしてくれます。

まとめ:要件追加をDXプロジェクトの学習サイクルに変える

DXプロジェクトにおける要件追加は、本来避けられないものです。新しい技術やデータと向き合う以上、途中で見えてくる課題やアイデアは必ず出てきます。大切なのは、それらを「現場のワガママ」や「経営の無茶振り」として切り捨てることでも、「全部飲み込んで疲弊する」ことでもありません。共通の意思決定フレームワークに乗せて評価し、DXプロジェクトとしてどこまでをいま引き受けるのか、どこから先を次のフェーズに託すのかを、組織として判断できるようにすることです。

本記事で紹介したように、まずは自社の失敗事例を振り返り、どのようなアンチパターンでスコープが膨らんでいったのかを整理してみてください。そのうえで、ビジネス価値・実現コスト/リスク・タイミングという三つの軸をベースにした簡易な意思決定フレームワークを用意し、テンプレートや会議体、ツールのワークフローに落とし込んでいきます。最初から完璧な仕組みを作る必要はありません。まずは一つのDXプロジェクトで試し、そこで得られた学びをもとに全社共通のルールへと育てていくイメージが現実的です。

要件追加が起こるたびに疲弊するのではなく、「なぜこの要件が出てきたのか」「どう判断したのか」をログとして残し、次のプロジェクトに活かしていくことができれば、組織としてのDXの成熟度は確実に高まっていきます。判断基準が人に依存せず、フレームワークとして共有されている状態は、DX推進責任者・情報システム部門・現場マネージャーにとっての心理的安全性にもつながります。

もし自社だけで意思決定フレームワークを設計するのが難しいと感じる場合でも、「要件追加の履歴」「アンチパターンの構造」「現状の判断プロセス」を整理しておくだけで、外部パートナーとの対話は格段に進めやすくなります。DXは一社だけで完結させるものではなく、社内と社外の知見をうまく組み合わせて進めていくものです。本記事の内容が、皆さまのDXプロジェクトを「要件追加に振り回されるプロジェクト」から「学習しながら進化していくプロジェクト」へと変える一助になれば幸いです。

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