初期費用で勝って、保守運用費で負けない。PM/管理職のための「運用コスト」とTCO設計
システム導入の稟議や見積もりでは、どうしても初期費用が注目されがちです。ですが現場で本当に効いてくるのは、稼働後に毎月積み上がる保守運用費(保守・運用費)と運用コスト(ランニングコスト/継続コスト)です。さらに、障害・改修遅延・属人化による機会損失まで含めると、意思決定は「導入するか」ではなくTCO(総保有コスト/Total Cost of Ownership)で考える必要があります。
この記事では、PM・管理職が保守運用費と運用コストを「後追いで払うもの」ではなく“設計してコントロールする対象”として扱えるように、内訳の分解方法、見積もりで踏みやすい地雷、運用レベル(SLA/SLO)設計、継続コストを下げる実装・運用の打ち手、委託・ベンダー選定の勘所までを実務向けにまとめます。
先に結論:初期費用は「決裁の壁」、保守運用費は「経営の体力」。
PMが握るべきは、運用コストが増える条件と増えない設計・運用をTCOとして見える化し、事前に合意しておくことです。
1. なぜ初期費用より保守運用費が経営に効くのか(TCOで整理する)
初期費用は一度きりで、数字が大きいほど目立ちます。一方で保守運用費は「小さく見えるが、止まらない」という性質を持ちます。たとえば月30万円の運用コストでも、3年で1,080万円です。ここに監査対応、証明書更新、脆弱性対応、夜間休日の障害当番、追加開発の定常化が重なると、TCOは簡単に初期費用を追い越します。
さらに厄介なのは、費用として見えない損失です。障害復旧が遅れて売上機会を失う、問い合わせが増えてCSが疲弊する、改修が遅れて競合に追い抜かれる――これらは会計上の「費用」ではなくても、実質的にTCOを押し上げる要因です。
PM・管理職が意思決定で使える形にするには、TCOを「初期費用+保守運用費+従量の運用コスト+変更費+事故・機会損失」の1枚にまとめるのが有効です。ポイントは、保守運用費を固定費として置くだけでは不十分で、どの条件で運用コストが増えるのか(ユーザー増、データ保持、外部API、ピーク負荷、SLAなど)まで「増えるルール」として合意しておくことです。これができると、稟議段階で「3年後に耐えるか」を会話でき、導入後の「こんなはずでは」を避けやすくなります。
PM向けの見立て:
初期費用の議論は契約の話になりやすい一方、保守運用費・運用コストの議論は業務と責任の話になります。
つまりTCOの本体は、「誰が、何を、どの品質で、いつまで責任を持つか」を決める作業です。
2. 保守運用費の内訳を見える化する:台帳化と工数のつかみ方
保守運用費を下げたい、もしくは妥当性を説明したいなら、まずは内訳を“語れる形”にする必要があります。おすすめは運用業務をチケット(またはログ)に集約し、運用コストがどこに使われているかを「カテゴリ×工数×頻度」で見える化する方法です。
カテゴリは最初から細かくしすぎない方が続きます。まずは次の5つで十分です。
①監視・アラート、②障害対応(切り分け〜復旧)、③再発防止、④定期作業(更新・棚卸し・バックアップ検証)、⑤変更対応(軽微改修・設定変更)
ここで重要なのは、人件費として一括りにせず、保守運用費を“作業の束”として扱うことです。たとえば障害対応でも、アラート確認(5分)、影響確認(10分)、暫定復旧(20分)、原因調査(2時間)、恒久対応(半日)というように粒度が違います。粒度が見えると改善の打ち手も明確になります。
例として、ログが弱く原因調査が長いなら、構造化ログ・相関ID・トレーシングの整備が運用コストを直接下げる可能性があります。逆に夜間休日の当番負荷が支配的なら、対応時間帯やSLAの見直しがTCOそのものを変える打ち手になります。
“見える化”を最短で回す手順
- 1週間:運用チケットのカテゴリを5種類に統一し、すべて分類する(粒度は荒くてOK)
- 1か月:カテゴリ別の件数・工数を集計し、「増えている運用コスト」を特定する
- 四半期:トップ1〜2カテゴリにだけ改善投資(自動化・監視再設計・ログ整備)を当て、変化を追う
クラウド費(通信・ストレージ・ログ・バックアップ)も、同じ台帳で運用コストとして扱うと強いです。人の工数とクラウド費は連動します。ログを増やせばクラウド費は増えますが、原因調査が短くなり人件費が下がることもあります。大事なのは項目ごとの最小化ではなく、TCO全体での最適化です。
3. 見積もりで運用コストが跳ねる地雷:前提条件の抜けを潰す
見積もりや要件定義での典型的な失敗は、前提条件が仕様に書かれていないことです。PMとしては、初期費用の明細を詰めるより、保守運用費と運用コストが増える条件を潰す方が、稼働後の炎上を防げます。
特に効くのは、次の6点を前提として明文化することです。
ユーザー数・ピーク負荷/データ保持期間/外部API制限/ログ保存・監査要件/復旧目標(RTO/RPO)/対応時間帯(SLA)
ここが曖昧だと、稼働後に「想定外の監視」「想定外の冗長化」「想定外のログ基盤」「想定外の夜間対応」が追加され、運用コストが静かに膨らみます。
もう一つの地雷は、変更要求が常時発生する領域(営業、CS、経理、現場業務)を、導入後も仕様固定の前提で見積もってしまうことです。実務では軽微改修は定期的に出ます。ここをすべて別途見積もりにすると、現場は止まり、PMは調整に疲弊し、結果としてコミュニケーション工数という見えない運用コストが増えます。
対策は、変更の受付〜優先度付け〜リリースを最初から運用として用意し、月次の変更枠(例:小改修は月◯件まで、緊急は別枠)をTCOに織り込むことです。
見積もり前の前提チェック質問(そのまま使えます)
- 保守運用費に含まれる範囲はどこまでですか(一次対応/原因調査/恒久対応/リリースまで)
- 運用コストが従量で増える要因は何で、上限(キャップ)は設けますか
- ログ・監査・証明書更新・脆弱性対応は、誰がいつ何をやりますか
- SLA(対応時間帯・目標復旧時間)は何を想定し、費用にどう反映されますか
この段階で前提を文書化できると、保守運用費の妥当性が説明しやすくなり、交渉も透明になります。結果としてTCOのブレが小さくなり、意思決定も速くなります。
4. PMが回せる設計フレーム:TCO試算→運用レベル→SLA/SLO→運用プロセス
ここからはPMが現場で回せる“型”として整理します。TCO試算は精緻さより、議論が進む粒度が重要です。おすすめは次の5枠を横並びにします。
①初期費用、②月次の保守運用費(固定)、③月次の運用コスト(従量)、④年次の定期作業、⑤機会損失(障害影響)
これだけで「何がTCOを支配しているか」が見えます。
次に運用レベルを定義します。合意形成を速くするには、運用レベルを階段構造にして、どの段でコストが増えるかを明確にします。たとえば以下のように揃えると会話が崩れにくいです。
運用レベルA:平日9-18 一次対応のみ/
運用レベルB:平日9-18 復旧まで/
運用レベルC:24/365 一次対応/
運用レベルD:24/365 復旧まで
これができると、「夜間対応が欲しい」=「TCOが上がる」という因果が見え、感情論になりにくくなります。
SLAは契約上の約束、SLOは運用品質の目標です。PMとしては、SLOを業務上の許容停止時間から逆算して設定し、過剰品質で運用コストが増えないようにするのがコツです。最後に運用プロセスとして、Incident(復旧)、Problem(再発防止)、Change(変更のリスク管理)を分けます。分けるだけでも会議が減り、チームの摩耗(隠れた運用コスト)が落ちます。
合意形成を最短化する1枚テンプレ(文章でOK)
「運用レベル(対応時間帯/SLA)」「保守運用費の範囲」「運用コストが増える条件」
「変更の受付〜優先度〜リリース」「ログ・監査・セキュリティの責任境界」
これを1ページにまとめるだけで、TCOの議論が前に進みます。
5. 継続コストを下げる打ち手:監視・ログ・自動化・セキュリティを順番で効かせる
継続コストを下げる施策は多いですが、PMとしては効果が出る順番で投資すると失敗しにくいです。まず狙うのは、障害対応時間を分解して短縮することです。流れは次の4つに分けられます。
検知(気づく)→切り分け(原因候補を狭める)→復旧(サービスを戻す)→再発防止(恒久対応)
どこが長いかで打ち手が変わります。検知が遅いなら監視とアラート設計、切り分けが長いならログとトレーシング、復旧が長いならRunbookと自動復旧、再発防止が進まないならポストモーテムと変更管理――という具合です。ここを外すと、投資しても運用コストは下がりません。
次に反復作業の自動化です。デプロイ、環境構築(IaC)、バックアップ検証、証明書更新、権限棚卸し、定期ジョブの健全性チェックを自動化すると、保守運用費が「人の記憶」から「仕組み」に移ります。自動化は「最初に少し増えるが、その後に継続コストが減る」代表例で、TCOで見れば投資回収しやすい領域です。
そしてセキュリティです。脆弱性対応や権限管理を後回しにすると、事故対応という最悪の形で運用コストが跳ねます。パッチ運用、権限棚卸し、監査ログ保全、アカウントライフサイクルを運用設計に組み込んで定常化し、計画的に持つ方が結果的に安くなります。
実務で効く改善の優先順位
- 1位:アラート設計(ノイズ削減)→当番負荷をすぐ下げる
- 2位:ログ/追跡性(構造化ログ・相関ID)→原因調査を短縮する
- 3位:Runbook整備→復旧の属人化を削り、TCOを安定させる
- 4位:CI/CD・IaC→反復作業を自動化し、継続コストを下げる
- 5位:権限棚卸し・脆弱性対応の定常化→事故対応のコストを回避する
6. ベンダー選定・運用委託の実務:責任境界・KPI・引継ぎでTCOを守る
運用委託で保守運用費が高くなる原因の多くは、技術力不足というより責任境界の曖昧さです。発注側が握るべきは、一次対応、原因調査、恒久対応、リリース、監視調整、月次レポート、セキュリティ(脆弱性・権限・監査)の範囲を、契約と運用手順に落とすことです。
特に、運用コストが従量で増える領域(障害件数、変更要求、データ増、外部API制限)は、上限(キャップ)や優先度別の対応を定義しないと、あとからTCOが読めなくなります。
また、ベンダーの価値は「障害をゼロにする」よりも復旧と再発防止が速いことに出ます。そのためKPIとして、MTTA(検知まで)、MTTR(復旧まで)、再発率、変更リードタイムを置くと、改善を数字で追えます。月次で「今月、運用コストが増えた理由」と「来月、減らす打ち手」を並べられる体制は、TCOを守るうえで強力です。
最後にベンダーロック回避です。リポジトリ、IaC、設計書、Runbook、監視設定、アカウント・権限設計がブラックボックス化すると、交代や内製化が難しくなり、保守運用費が固定化します。契約段階で、成果物の引渡し、ドキュメント更新の責務、退任時の引継ぎを明文化しておくと、TCOの交渉力が上がります。
運用委託の確認ポイント(RFPに転用可)
- 保守運用費に含む範囲:一次対応/原因調査/恒久対応/リリースまで
- 運用コストの従量条件:変更要求・障害件数・データ増・外部API制約
- SLA:対応時間帯、連絡手段、エスカレーション、目標復旧時間
- 成果物:Runbook、監視設定、IaC、設計書、権限・監査ログ運用の引渡し
- KPI:MTTA/MTTR、再発率、変更リードタイム
まとめ:初期費用の見える支出より、保守運用費の見えにくい累積を設計する
初期費用は目立ちますが、システムが価値を生むのは稼働後です。だからこそPM・管理職が握るべきは、保守運用費と運用コストの設計であり、意思決定はTCOで行うのが安全です。
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まずは運用業務を台帳化し、何が運用コストを押し上げているのかを見える化します。次に運用レベル(SLA/SLO)と責任境界を合意し、変更と障害の流れを運用プロセスとして整えます。その上で、監視・ログ・Runbook・自動化・セキュリティ定常化を順番に当てれば、継続コストは現実的に下げられます。運用は頑張りではなく、設計で変わります。
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