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リモートワークの「守り方」が変わった:境界型からゼロトラストへ
リモートワークが当たり前になるにつれて、社内ネットワークの外から業務システムにアクセスする機会が増えました。以前は「社内LANに入っている=安全」という前提で、社内と社外の境界(VPNやファイアウォール)を厚くする、いわゆる境界型セキュリティが主流でした。しかし現実には、在宅のWi-Fi、個人宅のルーター設定、出張先のネットワーク、委託先PCなど、“境界の外側”が業務の中心になったことで、境界の内外で安全性を分ける発想が崩れています。
ここで注目されるのがゼロトラストです。ゼロトラストは「何も信頼しない」ではなく、「最初から信頼せず、都度確かめる」考え方です。具体的には、ユーザー(誰が)、端末(どのPC/スマホが)、場所(どこから)、状態(安全な設定か)を毎回確認し、必要最小限の権限だけを与える運用に寄せます。社内・社外という場所の違いではなく、アクセスの正当性を継続的に評価するため、リモートワークと相性が良いのが特徴です。
一方で「ゼロトラストは大企業向けで難しそう」「製品が多くて選べない」と感じる方も多いはずです。実務上は、いきなり理想形を目指す必要はありません。まずはリモートワークで事故が起きやすい経路(ID、端末、クラウド、データ持ち出し)から順番に手当てしていくことで、段階的にゼロトラストへ近づけます。
本記事では、ITに詳しくない経営者・マネージャー・情シスの方でも進められるように、ゼロトラストをリモートワーク対策として導入するための全体像、手順、ツール選定の考え方、運用の落とし穴までを噛み砕いて解説します。
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ゼロトラストで守るべき対象は「人・端末・アプリ・データ」
ゼロトラストを導入する際、最初に整理したいのが「何を守るのか」です。リモートワークでは、攻撃者が狙う入り口が増えます。代表的には、フィッシングで盗まれたID/パスワード、ウイルス感染した端末、共有クラウドの誤設定、チャットやメールでの誤送信などです。これらを一つの対策で完全に塞ぐのは難しいため、ゼロトラストでは対象を分けて考えます。
人(ID)を守る:まずMFAとSSOで「ログインの質」を上げる
リモートワーク事故の起点になりやすいのがIDです。IDとパスワードだけでは、漏えい・使い回し・総当たり攻撃に弱くなります。そこで、まずは多要素認証(MFA)を必須化し、可能ならSSO(シングルサインオン)でログイン経路を統一します。“認証を強くする”のはゼロトラストの最短ルートであり、クラウド利用が進む企業ほど効果が出ます。
端末を守る:端末の状態が悪ければアクセスさせない
次に端末です。会社支給PCでも、パッチ未適用、ローカル管理者権限の乱用、私物USB利用など、穴は起きます。ゼロトラストでは「社給PCだからOK」ではなく、MDM/EMMで暗号化・OS更新・画面ロック・紛失時ワイプなどを管理し、EDRで不審な挙動を検知します。端末が基準を満たさない場合、そもそも業務アプリにアクセスできないようにするのが理想です。
アプリを守る:VPNより“アプリ単位”の入口を作る
従来のVPNは、接続後に社内ネットワークへ広く入れてしまいがちです。ゼロトラストでは、必要な業務アプリにだけ接続を許可する考え方(ZTNA:Zero Trust Network Access)が近いです。アプリ単位で入口を作ることで、万一IDが盗まれても横展開(他システムへ侵入)が起きにくくなります。VPNを全否定する必要はありませんが、“ネットワークに入れる”から“アプリに入れる”へ寄せていくと効果的です。
データを守る:持ち出し前提で管理する
リモートワークではデータがクラウド(Microsoft 365、Google Workspace、Box、Slack等)に散らばります。ゼロトラストの視点では「どこに保存されているか」より「誰がどの条件で触るか」を管理します。DLP(データ損失防止)で機密情報の外部送信や共有設定を制御し、CASBでクラウド利用状況を可視化する、といった組み合わせが典型です。“見える化”がないと統制は始まりません。
導入前にやるべき棚卸し:遠回りに見えて最短の準備
ゼロトラストは製品を入れる前の「整理」が成否を分けます。特に情シスが少人数の企業では、いきなりEDRやZTNAを導入しても、ポリシー設計や例外対応が追いつかず現場が混乱しがちです。導入前に、最低限次の棚卸しを行うと、選定と展開が一気に楽になります。
業務アプリとデータの「重要度」を3段階に分ける
最初から完璧な資産台帳を作る必要はありません。まずは「止まったら致命的」「漏れたら致命的」を基準に、A(最重要)/B(重要)/C(その他)で分類します。例えば、給与・人事・会計、顧客情報、ソースコード、契約書はAになりやすいでしょう。ここを決めると、ゼロトラストを適用する優先順位が明確になります。
アクセス経路(どこから・何で・誰が)を把握する
リモートワークではアクセス経路が増えます。代表例は「自宅PC→クラウド」「社給PC→SaaS」「スマホ→メール」「委託先→共有フォルダ」などです。情シスが把握していないSaaS(いわゆるシャドーIT)がある場合、ゼロトラスト以前に統制の入口がありません。CASBやプロキシログで可視化するか、まずはアンケートと請求書チェックでも構いません。“使っているもの”を知らずに守ることはできないためです。
ID基盤の現状:アカウントが乱立していないか
Microsoft 365、Google Workspace、各種SaaSでIDがバラバラになっていると、MFA強制や退職者アカウント停止が漏れます。SSOで統合できるか、少なくとも「マスターとなるIDプロバイダ(IdP)をどれにするか」を決めましょう。一般にはMicrosoft Entra ID(旧Azure AD)やGoogle Cloud Identity、Oktaなどが候補です。
端末管理の現状:社給/私物、Windows/Mac、スマホの比率
BYOD(私物端末利用)がある場合、ゼロトラストは特に有効ですが、制御の設計が必要です。「私物はVDI/ブラウザ隔離で業務データを残さない」「社給端末のみフルアクセス」といった線引きを決めます。端末管理(MDM)を入れるなら、対象OSと運用負荷を見積もり、“できる管理”に落とすことが現実的です。
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リモートワーク向けゼロトラスト導入ロードマップ(段階導入)
ゼロトラストは段階導入が基本です。特に「予算はあるが詳しくない」組織では、機能を盛り込み過ぎるより、少ない施策を確実に回す方が成果が出ます。ここでは、リモートワーク対策として効果が出やすい順に、導入ステップを提示します。
ステップ1:MFA必須化+条件付きアクセス(まずは入口の強化)
最初の一手はMFAです。可能なら「全クラウドサービスをSSO経由にする」「重要アプリは条件付きアクセスで制限する」まで進めます。条件付きアクセスとは、例えば「国外IPからは拒否」「未管理端末は閲覧のみ」「古いOSはブロック」など、状況に応じてアクセス可否を変える仕組みです。“正しい人でも、条件が悪ければ止める”のがゼロトラストらしさです。
- 優先度高:管理者アカウントはMFA必須、できればハードウェアキーも検討
- 次点:全社員にMFA、例外を最小化(現場要望で例外が増えるのが典型的失敗)
- 併せて:退職・異動のアカウント停止を人事フローに組み込み、当日対応を徹底
ステップ2:端末の最小基準を決め、MDMで強制する
リモートワークで怖いのは、感染端末や紛失端末からの侵入です。端末の最小基準(例:ディスク暗号化、OS自動更新、ウイルス対策、スクリーンロック、ローカル管理者禁止)を決め、MDMで適用します。全端末を完璧に管理できなくても、重要データに触る端末だけ基準を上げる運用でも効果があります。
- 社給PC:Intune等で構成プロファイル適用、BitLocker/FileVault、パッチ適用
- スマホ:業務アプリは管理領域に入れる(業務データだけワイプ可能に)
- 私物PC:フル管理が難しければ、まずはブラウザ経由・閲覧制限などで妥協点を作る
ステップ3:EDRで“侵入前提”の検知と隔離を入れる
MFAを突破される、または端末が感染する可能性はゼロにはできません。そこでEDRを導入し、怪しい挙動(不審プロセス、権限昇格、外部通信、ランサムウェア兆候)を検知して隔離できるようにします。ポイントはツール導入より運用で、アラートの一次対応(誰が、何分以内に、どの判断で隔離するか)を決めておくことです。通知が来ても放置されるEDRは意味がありません。
ステップ4:ZTNAでVPN依存を減らし、アプリ単位の接続へ
社内システムへのリモートアクセスがVPN中心の場合、ゼロトラストの観点では「必要以上に広い接続」になりがちです。ZTNAを導入し、アプリごとにアクセス制御を行うと、侵害時の被害範囲を絞れます。移行は一気にせず、まずは公開しやすい社内Web、勤怠、社内ポータルなどから始め、基幹系は並行運用にします。“全部切り替える”ではなく“危ないところから替える”のが現実的です。
ステップ5:DLP/CASBでクラウドの共有・持ち出しを制御する
クラウドストレージやメールの誤送信は、リモートワークで増えがちな事故です。DLPで「個人情報を含むファイルは外部共有不可」「機密ラベル付きは社外送信に承認が必要」などのルールを作り、CASBでシャドーITや危険な共有設定を検知します。ここは現場の反発も出やすいため、いきなり厳格にせず、まずは検知→警告→ブロックの順で段階的に強めると定着しやすいです。
ツール選定の考え方:製品名より「揃えるべき機能」と運用
ゼロトラストは単一製品で完結するものではなく、複数機能の組み合わせです。そのため「どのベンダーが正解か」より、「自社の構成で何が足りないか」を起点に選ぶ方が失敗しにくくなります。ここでは、リモートワーク対策として最低限押さえたい機能と、選定時のチェック観点をまとめます。
まず揃えたい機能セット(リモートワークの土台)
- IdP(認証基盤):SSO、MFA、条件付きアクセス、アカウントライフサイクル
- 端末管理(MDM/EMM):暗号化、ポリシー強制、アプリ配布、紛失時ワイプ
- EDR:端末の振る舞い検知、隔離、調査(最低限の可視化でも可)
- ZTNA:アプリ単位の接続制御、端末状態との連携、監査ログ
- DLP/CASB:クラウド利用の可視化、共有制御、機密ラベル運用
選定で効く質問:運用できるか、ログを追えるか
ITに詳しくない組織ほど、機能が豊富な製品を入れて使いこなせないケースが起きます。選定時は次の質問が有効です。
- アカウント停止(退職者・委託終了)は当日中に自動化できるか
- 「未管理端末はブロック」「管理端末は許可」などのポリシーを、情シスが自走して変更できるか
- インシデント時に、誰がどの画面で何を見て判断するかがイメージできるか
- ログが分散しすぎないか(SIEM連携や一元可視化が現実的か)
特に重要なのはログです。ゼロトラストは「都度確認」なので、認証ログ・端末ログ・クラウド操作ログが揃って初めて、原因追跡や再発防止ができます。“止める仕組み”と同じくらい“追える仕組み”を重視してください。
よくある導入パターン:既存のMicrosoft/Googleを起点にする
すでにMicrosoft 365やGoogle Workspaceを利用している場合、最初の一歩は比較的踏み出しやすいです。例えば、Entra ID(条件付きアクセス)+Intune(端末管理)+Defender(EDR)といった形で、統合された運用に寄せられます。もちろん最終形は企業により異なりますが、既存基盤に合わせて運用負荷を減らすのは、リモートワーク対策では現実的な戦略です。
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失敗しない運用設計:例外処理・権限・教育がボトルネック
ゼロトラストは導入した瞬間に完成するものではなく、運用で成熟します。リモートワーク対策として特に詰まりやすいのが「例外処理」「権限設計」「ユーザー教育」です。ここを先に設計しておくと、現場の不満を抑えつつセキュリティを上げられます。
例外処理を“ルール化”しないと抜け道が増える
「出張中だけMFAが厳しい」「委託先は端末管理できない」など、例外は必ず出ます。問題は、例外が個別対応になると、恒久化して抜け道になることです。例外は申請制にし、期限を付け、リスク代替策(閲覧のみ、時間制限、IP制限、仮想環境利用など)をセットで決めます。例外は“条件付き”にするのがゼロトラストの要点です。
最小権限(Least Privilege)を徹底する:管理者を増やさない
リモートワークでは「自分で設定を変えたい」要望から管理者権限が増えがちです。しかし管理者権限は、マルウェア感染時の被害を拡大させます。端末のローカル管理者は原則禁止し、必要作業は一時昇格(時間制限付き)にします。クラウド管理者も役割ベース(RBAC)で分割し、“便利”より“統制”を優先しましょう。
ユーザー教育は「禁止」より「なぜ」を短く伝える
ゼロトラストの施策は、ログイン手順追加やアクセス制限など、ユーザー体験に影響します。反発を抑えるには、長い講習より、業務シーンに即した短い説明が効きます。
- MFAは「パスワード漏えい前提で守るため」
- 未管理端末ブロックは「家族共用PCや古いPCの感染を防ぐため」
- 共有制限は「誤共有が監査・取引停止につながるため」
加えて、ヘルプデスクのテンプレ(MFA機種変更、端末紛失、怪しいメール報告)を用意すると、現場のストレスが下がり、定着が進みます。運用は“現場の問い合わせ”から逆算すると失敗しにくいです。
小さく始めて回す:PoCは「成功条件」を決める
製品検証(PoC)をする場合は、「何ができれば成功か」を先に決めます。例えば「未管理端末を確実に遮断できる」「特定SaaSの外部共有を警告できる」「EDRアラートの一次対応フローが回る」などです。成功条件が曖昧だと、デモで満足して本番運用でつまずきます。PoCは機能確認より運用確認と捉えてください。
まとめ
リモートワークの普及で、社内外の境界に頼る守り方は限界が見えてきました。そこで有効なのがゼロトラストという「最初から信頼せず、都度確かめ、必要最小限に許可する」考え方です。ポイントは、社内にいるかどうかではなく、ID・端末・アプリ・データの各レイヤーでアクセスの正当性を継続的に評価することにあります。
導入は一気に理想形を目指すより、段階的に進めるのが現実的です。具体的には、MFA必須化と条件付きアクセスで入口を固め、MDMで端末基準を揃え、EDRで侵入前提の検知を整え、必要に応じてZTNAでVPN依存を下げ、DLP/CASBでクラウド共有と持ち出しを統制していきます。「どの製品」より「運用できる設計」が成功の決め手です。
また、例外処理や権限設計、ユーザー教育を最初から織り込むことで、現場の反発を抑えつつセキュリティを高められます。ゼロトラストは“導入して終わり”ではなく、ログとポリシーを回し続けて成熟させる取り組みです。まずは自社の重要資産とアクセス経路の棚卸しから始め、リモートワークの実態に合わせて「守れるところから」確実に進めてください。
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