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「開発費ゼロ」の裏側で何が起きているのか
「初期費用ゼロ」「開発費無料」といったコピーは、システム導入を任された経営層やDX推進担当にとって非常に魅力的に映ります。しかし、現場でプロジェクトを回していると、多くの方が実感されているように、コストは消えているのではなく、単に場所を移動しているだけです。開発費は抑えられても、その後の保守運用コストや日々の運用コスト、ベンダーへの依存度、社内メンバーの対応工数といった「見えにくい支出」があとからじわじわ効いてきます。
経営判断として重要なのは、「導入の瞬間」ではなくシステムのライフサイクル全体を通してどれだけ費用がかかるか、つまりTCO(総保有コスト / Total Cost of Ownership)で見ることです。開発費がゼロでも、5年間のTCOを積み上げてみると、保守運用コストと運用保守費が高止まりし、結果的にスクラッチ開発より高くつくケースも少なくありません。さらに、初期の要件定義や要求整理が曖昧なまま「無料ならとりあえず試す」という意思決定をすると、運用フェーズでの設計変更やRFPのやり直し、トラブル対応が続き、現場の負荷も増大します。
本記事では、製造・物流・医療・小売などでシステム導入を任されている中堅・中小企業の皆さまを対象に、「開発費ゼロ」の裏に潜む保守運用コストの構造と、TCOを抑えるための実務的な打ち手を整理します。読み終えるころには、社内で「なぜこの方式・見積を選ぶのか」を説明するための材料が揃い、必要に応じて第三者に相談する際の論点もクリアになるはずです。
ポイント
「開発費」だけで比較すると判断を誤ります。保守運用コストとTCO(総保有コスト)をセットで見る視点を、この記事全体を通して押さえてください。
保守運用コストのリアルな内訳と、なぜ見積から漏れるのか
まず、保守運用コストという言葉の中身を、実務に即して分解してみます。一般的に、保守運用コストには「固定費」「変動費」「事故対応・例外対応」の三つのレイヤーがあります。固定費には、SaaSやクラウドの月額料金、インフラ費用、監視・バックアップ、保守サポートの運用保守費などが含まれます。これは契約時に一定水準が決まり、TCOに安定的なインパクトを与える部分です。
一方で、変動費は要件や業務の変化に応じて増減します。たとえば、画面や帳票の追加、他システムとの新たなデータ連携、ワークフローの変更に伴う設定・テスト作業などです。初期の要件定義や要求整理で「とりあえずこの範囲で」と曖昧にしてしまうと、導入後に変更が連発し、そのたびに運用コストとベンダーへの支払が重なっていきます。見積段階では想定しにくい社内工数もここに含まれます。情シス・現場担当者が障害切り分けや問い合わせ対応に追われる時間は、社内の人件費という形で確実にTCOを押し上げます。
さらに、最も見落とされがちなのが「事故・トラブル対応」です。システム障害による出荷停止や受付停止、医療現場の業務遅延、ECサイトでの機会損失、セキュリティインシデント対応、監査対応など、年に数回起きるかどうか分からないイベントが、1回発生するだけで大きなコストインパクトになります。これらは見積書に明示的に載ることが少なく、TCO(総保有コスト)の試算からも抜けがちです。
なぜ見積から漏れるのかというと、ひとつはRFPや要件定義書に「運用の絵」が描かれていないからです。誰が一次対応をするのか、何分以内にどこまで対応するのか、どのログを何年間保存するのか、といった運用要件が曖昧なまま見積依頼をすると、ベンダーはそれぞれの前提で保守運用コストを見込むため、金額差が大きくなります。また、発注側も社内工数やリスク対応費をTCOに含めて見積もることが少なく、「開発費ゼロ」の印象だけで意思決定してしまうことが多いのが実情です。
自社の既存システムについて、保守運用コストを「固定費」「変動費」「事故対応」の3カテゴリで棚卸しすると、次のRFPや要件定義で盛り込むべき論点がかなりクリアになります。
コストが爆発する構造要因と、現場で起きがちな失敗パターン
では、なぜ導入後に保守運用コストや運用コストが「想定以上」に膨らむのか。その背景には、いくつかの構造的な要因があります。第一に、要件定義の粒度の問題です。画面や機能の要件は細かく決めている一方で、「誰がどのタイミングでどんな操作・確認をするのか」という運用の流れが曖昧なままプロジェクトが進むことは少なくありません。例えば、マスタの更新や承認フロー、権限付与・剥奪、監査ログの確認などは、現場で「何とかするだろう」とされがちな領域です。しかし、ここを決めずにリリースすると、運用開始後に「思ったより手作業が多い」「承認に時間がかかる」「監査対応がつらい」といった声が上がり、追加の設定変更や改修で保守運用コストが増えます。
第二に、システム連携の複雑化です。製造・物流・医療・小売の現場では、既に基幹システム、在庫システム、WMS、POS、電子カルテなど複数のシステムが稼働しています。ここに新しいソリューションを足すと、インターフェースの追加やデータ整合性の担保が必要になります。最初のRFPでは「CSVで連携できればOK」と書いていても、実際に回し始めると「やはりリアルタイム連携が必要」「バッチ処理のタイミングを変えたい」といった要求が出てきて、改修や調整のたびに運用コストが積み上がります。結果として、数年後のTCOを見ると、「無料で導入したはずのシステム」に意外なほどの保守運用コストがかかっている、という状況になりがちです。
第三に、「カスタマイズ負債」とも呼べる状態です。ノーコードやローコードで柔軟に対応できることは強みですが、その場しのぎの条件分岐や例外処理を積み上げていくと、どこに何が書いてあるのか分からないブラックボックスになります。この状態で要件定義や要求整理をしようとしても、「この変更を入れるとどこに影響が出るのか」が読み解けず、ベンダー側の調査工数とテスト工数が嵩み、見積はどうしても高めに出さざるを得ません。
最後に、責任分界の曖昧さとベンダーロックがあります。障害の一次切り分け・連絡・暫定対応を自社がやるのか、ベンダーがやるのかを決めていないと、毎回「どちらが対応するのか」で混乱し、結果的に運用保守費と社内工数の両方が膨らみます。また、独自仕様に過度に依存した構成では、他ベンダーへの乗り換えやセカンドオピニオンが取りづらく、価格交渉力を持ちにくいという構造的な弱みを抱えます。これらの要因はいずれも保守運用コストとTCOに直結するため、事前に把握したうえで対策を打つ必要があります。
よくある失敗例
「開発費は安かったが、月々の保守運用コストと社内担当者の時間を合わせて試算したら、5年TCOで2倍近い差がついていた」というケースは珍しくありません。
要件定義でここまで変わる:保守運用コストを抑える設計のポイント
ここからは、発注側がコントロールしやすい「要件定義」に焦点を当てます。要件定義は、本来「実現したい業務」と「システムの仕様」を橋渡しする作業ですが、同時にTCOと保守運用コストを設計する場でもあります。重要なのは、機能要件だけでなく運用要件を明示的に書き出すことです。「誰が・いつ・どの画面で・何をするのか」を業務フローに落とし込み、その中でシステムが担う部分と人が担う部分、ベンダーが担う部分を整理していきます。
例えば、マスタのメンテナンスひとつをとっても、「現場がノーコードの画面から更新するのか」「情シスがCSVインポートするのか」「ベンダー依頼とするのか」で、運用コストも保守運用コストも大きく変わります。ここを要件定義の段階で意思決定しておけば、RFPにも「マスタ更新は月に何件程度・誰が対応・必要な権限・ログ要件」といった形で具体的に記載でき、ベンダーも現実的な運用設計を前提に見積を作ることができます。結果として、保守・運用の費用を含めたTCOのブレ幅を抑えられます。
もうひとつのポイントは、「変更頻度」と「業務の変化のしやすさ」を軸に、システム化と人対応のバランスを設計することです。頻繁に変わるキャンペーンロジックや配送条件、院内ルールなどは、現場担当者でも安全に変更できるように設計し、逆にめったに変わらないが高リスクな部分(会計ロジック、医療報酬、法令対応など)は、スクラッチで堅牢に作り、ベンダーと綿密なテスト計画を立てる、といった切り分けが考えられます。この設計判断を要件定義に反映させることで、長期的な保守運用コストを下げつつ、現場の柔軟性を確保できます。
最後に、成果物の定義も重要です。仕様書だけでなく、運用マニュアル、設定一覧、定期作業チェックリスト、障害時の対応フローなどを納品物として明記しておくと、担当者交代時の教育コストが下がり、社内の運用コストを抑制できます。これらはTCOに着実に効いてくる部分です。
- 権限・承認フロー(誰が何をできるか)
- マスタ更新・設定変更の担当と頻度
- 監査ログ・データ保持期間
- 問い合わせ・障害時の一次対応/エスカレーション
- バックアップとリストア手順
これらを要件定義に組み込むだけで、将来の保守運用コストの読みやすさが大きく変わります。
ノーコード/スクラッチ/ハイブリッドをTCOで選ぶ
「ノーコードなら安い」「スクラッチは高い」というイメージだけで方式を決めるのは危険です。実務では、3〜5年のTCOを比較して方式を選ぶことが重要です。ノーコードは、要件がシンプルで例外パターンが少なく、既存システムとの連携も限定的な場合には、初期費用・開発期間ともに有利で、現場にも受け入れられやすい選択肢です。しかし、例外が増えていくとワークフローや条件分岐が複雑化し、変更のたびに保守運用コストと運用コストが増える傾向があります。
スクラッチ開発は確かに開発費がかかりますが、複雑な連携要件や厳格な監査要件、長期的に頻繁な変更が想定される業務には向いています。アーキテクチャやAPI設計を工夫することで、将来の機能追加や外部連携に柔軟に対応しやすくなり、5〜10年スパンでのTCO(総保有コスト)を抑えられるケースも多くあります。重要なのは、「どこまでをノーコードに任せ、どこからをスクラッチで作り込むか」という線引きを、要件定義とRFPの段階できちんと行うことです。
ハイブリッド構成では、この線引きがより重要になります。例えば、現場の入力フォームや簡単な承認フローはノーコードで構築し、基幹システムとの連携・在庫ロジック・料金計算などのコア部分はスクラッチで開発する、といったパターンです。このとき、「ノーコード側の設定変更は現場が行う」「コア側の改修はベンダー経由」といった形で、誰がどのレイヤーの変更を担うのかを明記しておかないと、結局すべてベンダーに依頼することになり、期待したほど保守運用コストが下がらないという結果になりかねません。
方式選定のプロセスとしては、候補となる方式ごとに「3年TCO」「5年TCO」をざっくりでも良いので試算してみるのがおすすめです。ライセンス・インフラ・開発費・保守運用コスト・社内の運用コスト(人件費)を洗い出し、「初期費用は高いが長期で安い」「短期は安いが3年目以降に急に高くなる」といったカーブを比較します。このプロセス自体が、社内で合意形成を進めるうえでも有効です。
社内説明のコツ
初期費用の比較表だけでなく、方式ごとのTCOの簡単なグラフや、5年間の累積コスト表を用意すると、経営層にも保守運用コストの違いが伝わりやすくなります。
ベンダー選定と第三者の使い方:失敗を減らすチェックリスト
最後に、保守運用コストとTCOを意識したベンダー選定のポイントを整理します。まず、見積書では「開発費」だけでなく、「月額保守」「サポート」「運用支援」などの項目が何を指しているのかを確認します。「問い合わせ対応」「障害対応」「定例の会議」「改善提案」など、運用保守費として含まれている範囲と、別途見積となる範囲を明確にしておきましょう。ここが曖昧だと、導入後に「それは対象外なので追加費用です」となり、結果的に保守運用コストが読みづらくなります。
次に、提案書やRFP回答の中で、ベンダーがどれだけ運用フェーズを具体的に描いているかを見ます。障害発生時のフロー図があるか、どのログをどのツールで確認するのか、どの粒度でメトリクスを監視するのか、といった説明があれば、運用設計に対する意識が高いベンダーと判断できます。逆に、開発中の機能の話ばかりで運用に触れていない提案は、導入後に運用コストが増えやすい傾向があります。
また、要件定義フェーズをどう扱うかも重要な見極めポイントです。要件定義に十分な工数を割き、要求整理のワークショップや現場ヒアリングを提案してくれるか。それとも、簡単なヒアリングだけで詳細設計に進もうとするか。この違いは、最終的なTCOと保守運用コストの読みやすさに直結します。要件定義を「コスト」ではなく「投資」と捉えているベンダーほど、長期的に安定した運用を設計してくれる可能性が高いと言えるでしょう。
とはいえ、発注側だけでこうしたポイントを見極めるのは簡単ではありません。特に、自社のチームだけでは技術的な妥当性やTCOの判断に不安がある場合、第三者の専門家に相談してRFPや要件定義内容をレビューしてもらうのも有効です。見積の比較軸を整理したり、保守運用コストの妥当性をチェックしたり、「改修で延命すべきか刷新すべきか」といった判断についてセカンドオピニオンを得ることで、発注ミスや過度なベンダーロックのリスクを軽減できます。
第三者活用のメリット
- 要件定義・要求整理の抜け漏れチェック
- 見積の妥当性やTCOの比較軸の整理
- ベンダー提案の技術的なセカンドオピニオン
- 「改修」か「刷新」かの判断材料の整理
発注側の立場に立った専門家を早めに巻き込むことで、長期的な保守運用コストの最適化につながります。
まとめ:無料に見える導入こそ、TCOと要件定義で差がつく
ここまで見てきたように、「開発費ゼロ」「初期費用無料」というオファーは、決して悪いものではありません。しかし、それだけで意思決定してしまうと、導入後の保守運用コストや運用コスト、社内工数、トラブル対応といった形で、思わぬ負担を背負い込むリスクがあります。経営層やDX推進担当に求められているのは、目先の開発費だけでなく、3〜5年のTCO(総保有コスト)を見据えた判断です。
そのための鍵は、やはり要件定義です。運用フローや責任分界、変更頻度、マスタメンテナンス、監査対応などを、RFPや要件定義書にしっかり織り込むことで、ベンダー各社の見積が比較しやすくなり、保守運用コストのブレ幅を抑えることができます。また、ノーコード/スクラッチ/ハイブリッドといった方式選定をTCOで比較し、ベンダーの提案書や見積の読み解き方を押さえておけば、社内での説明や合意形成もスムーズになります。
もし、すでに「開発費ゼロ」で導入したシステムの運用コストや保守運用コストが膨らみつつある場合でも、まだ手はあります。現状のコスト構造を棚卸しし、どこにボトルネックがあるのかを整理したうえで、「改修で延命するのか」「別方式で刷新するのか」を検討することで、今後数年のTCOを大きく変えられる可能性があります。その検討自体を、第三者の立場から伴走してくれるパートナーに相談することも有効です。
株式会社ソフィエイトでは、単にシステムを開発するだけでなく、発注側の立場に立ち、要件定義・RFP作成・方式選定・見積評価といった上流工程から、運用開始後の改善までを一貫して支援しています。もし、「この見積は妥当なのか」「ノーコードで行くべきかスクラッチか」「今あるシステムを改修すべきか刷新すべきか」といったお悩みがあれば、ぜひ一度ご相談ください。貴社の保守運用コストとTCOを一緒に可視化し、最適な一歩を検討するお手伝いをいたします。
株式会社ソフィエイトのサービス内容
- システム開発(System Development):スマートフォンアプリ・Webシステム・AIソリューションの受託開発と運用対応
- コンサルティング(Consulting):業務・ITコンサルからプロンプト設計、導入フロー構築を伴走支援
- UI/UX・デザイン:アプリ・Webのユーザー体験設計、UI改善により操作性・業務効率を向上
- 大学発ベンチャーの強み:筑波大学との共同研究実績やAI活用による業務改善プロジェクトに強い
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